スウィーテスト多忙な日々

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剛毅果断は生を掴む

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優柔不断は死をも招く。


例えば危険物処理班とかいう花形のチームに配属されたとして、そもそもそんなチームが実際にあるのかはわからないし、花形なのかもわからないが、とにかくそういう班があったとして。
というかまず危険物処理班という部門があるとすればそこへ加わる最低条件として「決断力」と「判断力」というのは必須の性格だとは思うが、ともかく他己紹介で「優柔不断」の一言で済まされてしまうような男がそこへ配属されたとして。

そのような重大な班に配属されるぐらいなので、男はそれなりに実力がある。危険物を正しく処理する能力だ。


その日、男は見るからに爆発物めいた爆発物の処理を行っている。
複雑に絡み合った配線。蛍光色の液体のかよった透明なチューブ。薄暗く光り、カウントダウンを続ける四桁の赤い数字。
男の隣には、強化アクリルの盾を構えた部下が構えている。周囲は警戒網が固められ、民間人は立ち入りできないようになっている。
男は着実に解除へと向かい、手を進めていく。
三時間が経過していた。何せセンシティブな代物だ。正しく扱っても随分と時間がかかる。悪は一瞬、正義は一生とはよく言ったものだ。聞いたことがない。

 

汗の一滴さえもかかないほど全身が集中している。タイマーの残りはわずか三分。しかし、解決は目前に迫っている。問題ない。
そんな時、善行を重ねてきた男の前に神が現れる。
神は名乗った。「ノーベルである」と。
強大な兵器の礎を作り出した錬金術師は、私たちの及び知らぬところで神となっていた。
ダイナマイトの祖であるノーベルは、男たちの仇敵きゅうてきとも言える。お前さえいなければそもそもは、と男は考えるが、彼がいなくともいずれ誰かがダイナマイトに匹敵する何かを発明したことだろう。自身の名を冠した賞を設立させ、人類の発展に一役も二役も買った事実を加味すると、彼が発明者で良かったと考えた方がいいのかもしれない。

 

ノーベルは言う。
「お前は何のためにこの爆弾を解除する。爆弾を解除することが正義だと思うか」
幻覚でも見ているのだろうか。緊迫の表情を張り付けた部下には、その声は届いていないようだ。
「わかりません」
男は独り言のように呟く。部下の顔がこちらを向くのが、視界の隅で見える。

 

ノーベルは続ける。
「お前は正直者だ。赤と青、どちらを切っても爆発しないようにしたぞ」
次の瞬間、二色のコードが鈍く輝いた。これは幻であり、現実なのだ。突然発光したコードに部下がハッと息を詰まらせたのを見て、男はそれを実感する。

 

男は優柔不断である。どれくらい優柔不断かというと、他己紹介で「優柔不断」の一言で済まされてしまうぐらいだ。
どちらを選んでもよい。そう言われて選べるものならば、男は優柔不断だと言われることはないだろう。

唯一の正解を掴みかけていたのに。一択は目前だったのに。

男にとって「どちらを選んでもよい」は、「どちらを選んでも正解」と同義ではない。
タイマーの数字が四つ揃った。
次の瞬間、二人は吹き飛ぶ。

 

 

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最後の竜の閃き

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この日、ここ山形県のスタジアムには、日本全国から猛者が集まっていた。
各々の県にて多くの者の中からふるいに掛けられた傑作達である。より速く走り、より高く跳び、より遠くに投げる。
そんな傑物達の祭典の場に、私たちはいた。

 

隣を陣取るのは達彦である。この場にいるはずではなかった私が現にこうしてここにいるのは、彼の情熱によるものだ。
私の選手としての実力は、つまり走り幅跳びの跳躍力は、凡の中でさえも埋もれる程度のものである。そんな私が、今こうしてここにいる。
「お前も絶対来いよ」
彼の強制により、ここにいる。

 

達彦は、今や絶滅したと考えられている、竜の子であった。

突飛な話に聞こえるかもしれないが、事実なのだから受け入れてもらうほかしょうがない。
竜の子。それは里の皆周知の事実である。「竜の子」と聞いてピンとくる者こそ今となってはほとんどいないものの、達彦がそうであることはまず間違いない。隠しようのない竜の片鱗を、達彦は折に触れて見せつけてきた。
空を飛ぶだとか、火を吐くだとか、ともすれば仕掛けじみた行動を私たち里の者たちはこれでもかと言うほど目の当たりにしてきた。
幼い頃から現れていたその超越した能力は、歳を増すごとに強大になっていった。今やもう、誰も疑う者はいない。達彦は竜の子だ。

 

にもかかわらず、竜の子が絶滅していないと知っているのは、私たちの住む里からせいぜい半径数キロ圏内の数少ない人々だけだろう。
勝手な意見であることは重々承知の上で言うが、今や地球は私たち人間のモノだ。少なくとも竜のモノではない。それがわかりきっている世の中で、竜を宿した人間は奇異の目で見られてしまう。例え小さな悪意でも――あるいは善意でも――、束ね纏めるとそれはそれは大きな力になる。
達彦の親族、そして私たちは、それを危惧していた。
一丸となり、私たちは、彼に眠る竜を隠し通すよう心掛けた。
それが功を奏したのだろうか。達彦の能力は、超早熟な選手のように、あるピークを境にがくりと鳴りを潜めた。
私たちはそれを慎ましく喜んだ。達彦の呪縛がようやく解けた、と。

 

しかし、達彦本人は違った。
己の手にしていた力を失うのは、彼にとっては大いに不本意だったのだ。望まざる消失だったのだ。
その身になってみれば、私だってきっとそう思うだろう。富豪は貧困を望まないし、若人わこうどは老化を望まない。己の持ち物を手放しで手放せる人間などそうはいないはずだ。

 

達彦は手首を脱力し、プラプラと振る。いよいよ始まるのだ。
選手たちはスターティングブロックの後ろに立ち、体をひねったり、屈伸をしたり、もも上げをして各々の体に躍動の用意を促す。

「いいか。スプリントは人間の究極だ。そして俺に――竜に繋がる重要なヒントなんだよ。頼むから邪魔だけはするな。邪魔するならぶっ飛ばすぞ」
達彦の光彩が真紅に染まって、紅い竜の証拠を見せつける。
私は有無も言えなくなった。
隣から、彼の荒い鼻息が聞こえる。高温の熱を含んだ鼻息だ。
達彦は最前列に陣取ったスタンドで、三脚を立てたカメラを覗き込んだ。

 

全国高校陸上、女子100m予選が始まる。
達彦は、これを撮るために二十万円のカメラと十二万円のレンズを買った。
鹿児島からはるばるやって来たのだ。
なんだかんだ言って、やっぱり男の子である。

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