スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

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ナマケモノが絶滅してさ、名前が空いたらさ、僕がもらうよ

私は今、座り心地のいい椅子に行儀悪く腰かけて、目線の高さにレモンを掲げている。 何をしているのかと自問自答するならば、その答えは一つ。レモン観察だ。 事の発端は、レモン越しに見える掛け時計にある。私は強烈に重大な真理を知ってしまった。 深夜三…

僕のお父さんはウルトラマン

僕のお父さんはウルトラマンです。 いつからだったかは忘れたけど、途中でウルトラマンになりました。 僕がうんと小さい頃は、お父さんは毎日仕事で忙しそうでした。 だけどいつからだったか、お父さんは仕事に行かずに遅くまで寝ているようになりました。 …

おばあちゃんち

「おばあちゃんちに行ってくる」 と言って、良太は今日も家を出た。 小学三年生の息子は、あまり外交的とは言えず、たとえ家の中であっても口数が多くない。 そんな子だから、学校でいじめられていやしないかと心配したりもしたが、日々の様子を見るにそんな…

なにかが起きているのか

">「冷蔵庫の中を見てみろ。そう言っていた?」 警察官であり彼女の学生時代の先輩でもある私は、通報を受けて彼女の家で事情を聞いている。「えぇ」「声に心当たりは?」「ありません」 みゆきは震えている。恐怖のせいかもしれないし、部屋の冷房が十八度…

Heart to heart

「ハトが電線に止まっても感電しないのはなんで?」 秀夫が言った。秀夫は子供だ。 そんな質問をするなんてまだまだ子供だ、という意味ではない。私の子供だ、という意味だ。 子供が子供らしい疑問を持つのが当然であるように、大人である私がその問いの答え…

あいてるよおじさん

小説家である。 誰もが知るような文豪ではないが、一本で食っていける程度の稼ぎはある。 だがしかし、私は今、長いトンネルの中にいる。もう随分と長い期間書けていない。 題材はあるのだ。いや、むしろそれが問題でもある。 「あいてるよおじさん」 この題…

悪魔が笑う

私は、悪魔である。 理不尽な裁きを与える。 夕刻のオフィス街である。 帰路につくスーツの群れに、一人の男が紛れている。 と言っても、男は何も悪いことをしたわけではない。どこにでもいる普通の、平凡なサラリーマンだ。 本人からすると紛れているつもり…

いつまで経っても

忘年会をしている。 年の瀬である。年を重ねると友人と会う機会が減って、ついに一年も終わってしまうぞというところで集合を呼び掛けた。 同性ばかりではあるが案外多く人数が集まり、忘年会と呼んでも差し支えないぐらいの団体さんになった。 結局のところ…

夏の扇風機の涼しい

夏の真ん中あたりに、この物件に越してきた。 通勤の電車に乗るのが面倒に思えて、職場へ徒歩で通えればどんなにいいだろうと考えてからすぐに見つけた物件だ。 どうやら人気のようで今はまだ退去が済んでおらず、かといって退去と清掃を待っていては埋まっ…

4WD

感動するような話ではない、とだけ先に言っておこう。 あなたの日常の中で、「毎日見かける他人」と言われて思い浮かぶ人物はいるだろうか。 私にとってそれは、老夫婦と一匹の犬だ。帰宅時に見かける二人(と一匹)で、タイミングさえ合えば本当に毎日のよ…

meet you again

冷蔵庫のあまり開け閉めをしないポケットに、二年近く前に賞味期限の切れたタコライスの素もとが入っている。タコライスの素とは、タコライスの上にのっているあの味付けされたひき肉がパウチされたレトルト食品だ。ご飯の上にかけてあげればすぐにタコライ…

僕と彼女のはなし

一緒のアパートに住み始めてから、まもなく二年目になる。 どうしても壁を感じることはあるけれど、それでも当然喧嘩などなく、穏やかに過ごしている。 僕は彼女を愛していて、それはいままでも、そしてこれからもきっと変わらないと思う。彼女も同じ気持ち…

きっと君も驚くよ

「あ、あぁあ、あぁ〜」 力無い悲鳴は、獲物を求めて彷徨う蚊の羽音にかき消されるほど弱々しく地面を這うのでした。 肩の調子が良くありません。それは今に始まったことではなくて、思い返せば青年期。高校時代まで遡ることになります。私はバレーボール部…

悪魔の所業

私は悪魔である。 願望の成就と引き換えに特定の対価を得るべく、日々人間に接触をしている。 三つの願いを、私は叶える。 真昼間の繁華街である。 某有名カフェチェーン店。スクランブル交差点の見える席に陣取り、気怠そうな、生意気そうな表情で、半ば寝…

終わりの一幕

「長女がもう、ダメかもしんないわ」 年始の親戚回りも終わりこたつでくつろいでいると、何気なく、といった雰囲気でみかんの皮を剥きながら母が呟いた。 母の長女というと、戸籍上で言うと私のことである。というかそもそも我が家に娘は私一人しかいない。…

駆け抜ける魔女とあなたの話

"> "> 近くに魔女が住んでいた。 家の近くを通る国道で、彼女は時折姿を見せる。 片側三車線の車道を魔法のホウキもといママチャリで爆走しているのだ。 通勤の際、資源ごみを捨てに行く際、日用品の買い出しの際など見かける時間帯はまちまちだが、ママチャ…

おもい あのこと あのこと

「ほんと、罪な女よね」 鏡の前で、今日も彼女は呟く。うぬぼれた奴だ。 読んでいた本から顔を上げて、私は彼女に目をやる。 はあ、とため息をついて、彼女はそれ以降黙り込んだ。 我が家には2.5キロの重りがある。 円形で、真ん中に丸い穴の開いたドーナツ…

さるたち しりとり それきり

"> "> 兄が二人いる。 長男は一つ年上。いわゆる年子としごの兄。 次男は数時間上。いわゆる双子の兄。 私たちは表面も内面も仲の良い三兄弟だった。 どこでもそうだと思うが、兄弟というのは喧嘩をする。 男兄弟なら当然で、歳の近い三兄弟となるとなおさら…

PIECE達よ

今週のお題「赤いもの」 私はピスタチオが好きだ。 鼻に触れる独特な青い香りと、とろけるような食感、甘さ。薄皮の渋み。 好きになったきっかけは祖母で、その英才教育は私が小さな頃から始まっていた。そもそものピスタチオ好きは、祖母だった。 私はいわ…

目くそと鼻くそが肩を組んで笑いあえば世界は平和だとか

「威嚇する時のミツバチくらい震えました」「へえ、なんじゃそりゃあ。震えるのかい。ミツバチは」「はい。シバリングというらしいです」「勉強にはなるが、まずその説明が必要になるよな」「はい、そうですね……」 だめか……。心の中でため息をついて、私はギ…

のいぶいいもれそ。みるぐいぬかういとうょぎんに

「人形が動いた、って話、怪談好きじゃなくても一度は聞いたことがあるでしょう」 玉木さんはグラスの水滴を指でいじりながら言った。「子供騙し。ええ、陳腐な話ね」 玉木さんに招かれ、私は彼女の家を訪れていた。 彼女の作った夕食をご馳走になり、私の持…

優しさに包まれたなら

駅に着く直前、眼前のシートからアラーム音が鳴った。 油を含んだ髪の、少しふくよかな女性が眠り込んでいて、音は彼女の方から鳴っている。その他大勢の人間がそうであるように、彼女も次の大きな駅で降りる予定なのだろうか。しかし、彼女は項垂れた頭を上…

変な話

猫が飛び出してきたのだ。 その日、私たちは久しぶりに二人で晩御飯を食べに行った。その帰りの出来事だ。 人気ひとけも車っ気もない山中を走っていると、道路脇の茂みから突然猫が飛び出してきた。 ちょうど話題が尽きていたのでカミ子は運転に集中していた…

ただし、

ドラッグストアで買った洗顔料で詐欺に遭った。世も末も末だ。 してやられた、と気が付いたのは、予備の洗顔料を購入してしばらく経ってからだった。おかしいとは思ったのだ。やけに持ちがいいと。 買い足しを勧めるかのように洗顔料の塊が「ベッ」と飛び出…

嘘から出たまこと

SNSの発達した昨今。わずか十数年前には考えられなかったような、奇想天外な発想で生業を得る若者が次々と生まれている。 コスプレ屋、拡散屋、おごられ屋など、大学を卒業して一流企業への就職を夢見た我々世代では考えても考えつかないような柔軟な発想に…

もうたべられないかな、と思ってからさらに三日後、もう食べられないよな、と思う

収穫された野菜は生きているのだろうか。 宇垣美里は涙を流しながらそう思った。 彼女のその涙は、切っていた野菜に由来する。玉ねぎをみじん切りにしている時のことだった。 少なくない年月を生きてきて、初めて抱いた疑問だ。この歳になって湧き出てくる疑…

へぇ、と言わせたひ

「屁意」という言葉は無い。ご存知だろうか。 スーツでカッチリときめたビジネスマンは、「うんちしたい」とか、「おしっこしたい」などとは決して言わない。言えない。便意、あるいは尿意という言葉があることによって、「失礼、ちょっと便意が……」とその場…

人だかりの話 2/2

tthatener.hatenablog.comつづき 「怖いだとか、浮浪者が住み着いてるだとか、そういうことじゃなくてね、行ったってなぁんもありゃせんから、誰も近寄らん場所だったのよ。あそこは。ただ雑草が生えてるだけだもの」 後ろ手を組み、黒山の方を振り返りなが…

人だかりの話 1/2

彼女に腕枕をしながら、私は山のことを思い出していた。 私の故郷には、春になると桜が咲き、秋になるとモミジやカエデ、カツラなどが鮮やかな紅葉を見せる山がある。 山の名前を「黒山」という。 木々が色づく季節には遠方から多くの観光客が訪れて、彼ら彼…

鷹は本当に爪を隠すか

私は脳無しだ。 部屋は汚い。衣類はもちろん、ありとあらゆる物がありとあらゆる引き出しや収納から放り出されている。 私は衣装ケースを根っこまで引き出し、頭を突っ込んでそれを探す。五段に重なった小部屋が三列連なるケースに次々と頭を突っ込む。順番…