スウィーテスト多忙な日々

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決戦は金曜日

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刈りはまだ終わっていない。


洗濯物を干しながら、私の視線は十メートル先の塀の外に向いている。
鈍い色の空を背景に、高く伸びた竹がゆらゆらと風に揺れる。そしてその竹から、次の宿主を探すように長く伸びたツルがぶらりと垂れ下がっている
二週間前にとりあえずの終末を迎えた緑との攻防は、実はまだ完結していない。前回はただ自陣内を刈っただけで、その外では未だに侵略者たちがその触手をジリジリと伸ばし続けている。
ここは俺達のモノなんだ。本当の侵略者はキミだろう? 深みや形の違うたくさんの緑が、突風の力を借りてざわざわと騒いだ。


やつらも、撤退するつもりは毛頭ないらしい。
お別れは済ませてあるかい?
私は物置からギラリと光る新品の鎌を取り出した。


路地に出ると、手始めに、塀から溢れたしぶといツルを刈り取っていく。お目こぼしとなっていた、境界線上の脱走兵だ。
今の時代、鎌を持った男というのはそれだけで通報対象になってしまう。例え自分の敷地周辺の雑草を処理しているだけだとしても、何故かまともに見えないのはやはり私が自分自身を危険人物だと自覚しているからかもしれない。今のところ寸分もやらかしてしまおうという気はないが、何かやらかすならアイツだろう、と思われていてもしようがない。
我が家の真隣に茂る雑木林に近づくにつれ緑はその濃さを増し、足元を這うツルは、さながら雑に管理されたサーバ室のLANケーブルのようだ。


雑木林は、この争いにおける敵軍の陣地のようなものだ。
そこから伸びる枝葉やツルは、こっそりと、だが確実に塀の中へ手を伸ばしている。
私は今まで以上に徹底的に鎌を振った。生きたLANケーブルを根こそぎたぐって、一気に絶つ。手の届かない高い位置の枝も、高く飛び上がって切り落とした。
一心不乱に鎌を振ること数十分。ついに侵略の手は途絶えた。
やった。やったぞ。喜びに手が震える。
 そしてその瞬間、ふと我に返った。歪んだ笑みがまだ張り付いていたので、汚れた手で慌てて顔を押さえつけた。そして、嫌なことを考えてしまう。


 我に返った?


「我に返った我」は、本当の我なんだろうか?
 いや、違うのかもしれない。
「我を忘れた我」こそが、本当の我なんじゃないだろうか。酒に溺れた人間が、本性を現してしまうように。
 四十数億年を超えた今になっても、攻撃的な我はまだ生き残っているのだ。


 握りしめた鎌に目を落とす。
「俺はお前だ」
 鎌はそう言った。
「この、カマ野郎!」
 足元に転がる千切れた大きな葉は、今際の言葉を残した。
 それは、ちょっと意味が変わってくるじゃないか。そう呟いたが、葉はもう息絶えていた。
 私は服に付いた緑の破片をはらい、内股で家に戻った。

 

 

 

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