スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

誰かの役に立つことは書かれていません……

今年は今年だけ。夏も夏だけ

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悲しい。ただひたすらに悲しい。
それはしばらく忘れていた感情で、私は少し動揺してしまった。

何かにものすごく腹が立つことはあっても、何かをものすごく悲しく思うことはなかったな、と気が付いた。そして、ものすごく腹が立つことよりも、ものすごく悲しくなることの方が苦しい感情なんだなぁと思った。
例えばうつ病だとか、心に傷を負った人はこんな感情なんだろうか。だとすると私はそういった人たちを今まで軽んじていて、あまりにも能天気に生きてきたんじゃないかと反省する。いつもふざけたことを言っているので信じてもらえないかもしれないけれど、本当だ。
最近、KANA-BOONというロックバンドの飯田という男が失踪してニュースになっていたけれど、彼は一体どういう気持ちだったんだろう。残されたメンバーや関係者、コアなファンも、ものすごく心配したことだろう。
私が悲しく思ったのはそれが原因なわけではないけれど、彼らの悲しみや不安な気持ちも今になれば少しはわかってやれる。
 そう言うと、岡本が「いや、お前はまともじゃないからな」と返した。

 岡本は、避妊具で有名なかの会社の子息で、まともかどうかの二択で決めるならまともな分類に入る。
 目玉焼きには醤油だし、お尻はトイレ紙で拭くし、突然ウホウホ言い出さない。
「お前、あのオカモトなんだってな」と何度もからかわれてきたにも関わらず、グレることなく逃げることなくまともに育ち、跡を継ぐために親の会社に入社した。

「ま、まともじゃないってなんだよ」
 突然のことに、私は戸惑ってしまった。まともじゃないだって? 何を言うんだ。
 とは言うものの、実は、ほんの少し前から私はそれに気が付いていた。けれど、それを言ってしまえばおしまいだ。
「そうだよ。俺はまともじゃないんだ」と口に出してしまえば、それを免罪符にして坂道を転げ落ちていくような人間だということは自分が一番わかっている。自分を認めて楽になってしまってはいけない。

「じゃあ、まともってなんだよ! お前はまともなのかよ!」
「俺はまともだよ」
「やめて! 言わないで!」
 効く。効いちゃう。岡本はまともだ。強がってみたけれど、実は二択をするまでもなく彼をまともな男だと認めている。そんな男だからこそ、私に烙印を押す資格は十分にある。

「まともじゃなきゃ悪いのかよ! いや、違う! まともだよ!」
 私は、口論になるとすぐに泣いてしまう。例に漏れず目水が垂れだした。
「わかってるだろ。まともじゃないんだよお前」
「なんだよ! なんでそんなこと言うんだよ!」
 同じ学校に通い、同じコミュニティに所属していたのに、私と岡本はあまりにも「格」が違う。どうして今更こんなことを知らしめるんだ。ついに鼻もズルズル鳴りだした。

「まともじゃない! まともじゃないことを認めろよ! まともじゃなくていいだろ!」
 岡本は私を諭すように、両手を広げて叫んだ。
「え?」
「お前は、お前じゃないか――」
 ハッとした。私は、自分の顔が真っ赤になっていることに気が付いていない。
 そして、二人は見つめ合い、キスをした。

 そう、キスをしたのだ。優しいキスだった。
 岡本のことを男だと思っていた方は驚いたかもしれない。岡本は、男だ。

 

 

 

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