スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

誰かの役に立つことは書かれていません……

池へGO

f:id:tthatener:20190705190919p:plain

 我が村には、大きな池がある。数字にしてみると大した大きさではないかもしれないけれど、小さな村に比べると大きな池だ。ネムリ池と呼ばれている。
 池と沼の違いはなんだろう。それが水質だとか濁り具合で分けられるのなら、ネムリ池は池の日もあれば、沼の日もあるのかもしれない。
 池とその周りの雑草地には、いくつもの生き物が住んでいる。昆虫はもちろん、カエルや、イモリ、名前も知らない魚たちがたくさん。

 ある時から、池に関する噂話が流れ出した。
「池に大きなナマズが現れた」
 隣接する小さな公園は、村の子供たちの遊び場になっている。公園には村が一番活気づいていた頃の遺産とも言える遊具がいくつもあって、危険性がニュースで取り上げられるような、回転系の乗り物も未だに健在だ。遊具ができた頃に遊んで怪我をしていた子供たちが、今は大人になって自分の子供をその公園で遊ばせている。
 そんな魅力的な公園が隣にあることもあって、わざわざ泳げもしない池に近づく人間はほとんどいなかった。だけど、村の住人は池にすっかり興味がないというわけではないらしい。「ナマズがいるらしい」ではなく、「ナマズが現れた」という表現からそれが伝わった。
 数週間前の親戚の集まりで初めてその噂を聞き、居ても立ってもいられなくなり、小雨の降る日に私は池のほとりに立っていた。

 幼少期、私には「ナマズ」と呼ばれている友達がいた。
 理由は単純。彼は目が離れていて、小学校低学年ながらひげが生えていた。「ナマズだから汗っかきだな」と笑う奴がいたが、それはこじつけでしかなかった。
 私はその少年、ミツオくんと特に仲が良く、放課後はいつも彼と公園で遊んでいた。大人しいけれどノリは良くて、大人が見たら怒られてしまうようなことを二人でたくさんした。
 けれど、ミツオくんはある日突然いなくなってしまったのだ。
 その原因は私にあると今でも思っている。

「ミツオくん」
 池に向かって声を掛けた。雨で少し濁っている。
 さすがに、ここに現れたと噂されているナマズのことを、ミツオくんだとは思っていない。これは自分勝手な罪滅ぼしだ。
「ごめんね」
 私はひざまずいて、池にホットケーキを投げ込んだ。彼の好物で、我が家で何度か一緒に食べたおやつ。
 ホットケーキは沈まずに、水面をぷかぷかと漂う。私はもう一度「ごめんね」と謝って、池を後にした。
 五歩ほど歩いたところで、パシャン、と水面で音が鳴るのが聞こえた。何かの生き物が鳴らす音。
「ありがとう」
 私は振り返らずにそう呟いた。それ以来、ナマズの噂は聞いていない。

 

 

 

宜しければワンクリックずつお願いします。

1.人気ブログランキング

2.人気ブログランキング - にほんブログ村