スウィーテスト多忙な日々

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社交ダンスじゃないんだよ

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死体が送られてきた。

送り主は兄。彼は東京に住んでいて、借家の車庫に突起をつけてボルタレンみたいな名前のトレーニンをするのが趣味の変な常識人だ。
兄は、定期的に荷物を送ってくる。洋梨が一番多くて、あとは使っていないゴルフクラブだったり、使わなくなった衣類だったり。大抵は届く前に連絡がある。
今回のそれが届く前にも一報があったので、何が届くかというのは知っていた。
はずだった。


というのも、兄は死体を送るとは一言も言っていなかったのだ。そして、自ら梱包して発送をしたにも拘らず、それが死体だとは知らなかったらしい。しかし気が付かないのも無理がなくて、開封して栄養を与えた私も、それがまさか死体だとはこれっぽっちも思わなかった。
色は真っ白で、ところどころにぶつけたような黒い痣ができている。
名前を「ルンバ」と言った。

タンゴでもワルツでもサンバでもマンボでもジルバでもない。
ルンバ。ロボットクリーナーだ。
「ルンバを送りました」
そうシンプルなメッセージがあり、数日後に到着した。
我が家にもついに未来が来たか。私は早速充電器にルンバを接続し、ウキウキしながら始動を待つ。中心にあるボタンが、脈を打つようにゆっくりと点滅を続けた。
こんな田舎だ。来客時には隠しておかないと騒ぎが起きるぞ。下手すると、機械をかくまった罪で私刑に遭うかもしれない。充電が終わるまで、私はこれからのルンバとの日々をあれこれと想像した。高鳴る胸のステップは、まさにタンゴ。生気を蓄えるルンバの隣で、いつの間にか私は眠ってしまった。夢の中で二人は走り、泳ぎ、飛んで、吸えるものを片っ端から吸った。

そして、ついに、ルンバは、動くことはなかった。ランプは点滅するものの、ランプが点滅するだけ。脈動しているのではない。ランプが点滅しているだけ。だけだ。

少し光るだけのオブジェみたいに、それ以外何の反応も示さない。目覚めた私を迎えたのは、そんな冷酷な現実だった。
いくら充電しても、いくら手を施しても、彼は……。
死んでいる。死んでいたのだ。

例えば、我が家の目の前で、見ず知らずのルンバが死んでいても何の感情も湧かなかっただろう
しかし、彼はかつて兄に可愛がられ、我が家に越してきて。充電をしてあげたら嬉しそうに光ったし、私たちは夢の中でリビングを走り回ったのだ。階段も屁じゃなかった。もう家族だったのに。なのに。
「ねぇ。そんなに泣かないでよ」
充電ドックから突然動き出したルンバは、泣き崩れる私を慰めるようにコツンコツンとその身をぶつけた。
そんなことが起こればいいのに。そんなことは起きない。
私はステップを踏んだ。ワルツだ。


どうか、私とワルツを。

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