スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

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夏のショーケース

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 あれはペンギンだったのか、恐竜だったのか。

 あつのなつい日、私は外を歩いていた。半袖に短パンで、手にはソーダのアイス。中にはバニラが入っている。
 その日は少しおかしな日で、道路にまで砂が押し寄せていた。海に囲まれた小さな島は、浸食した砂のおかげで砂漠のようになっている。
 こんなこともあるんだなぁと思いながら歩いていると、道路には様々な生き物が打ち上げられていた。カニや貝、魚もいたし、よくわからないヌメヌメしたナマコのような生き物もいる。
 そうなってしまうと車はどうしようもなく、一台も走る姿は見えない。

 そんな中、そいつはいた。
 初めはペンギンだと思った。だけどそうじゃないことにすぐ気が付く。近づくと、そいつはぬらりと顔を上げた。丸くてごつごつした顔で、恐いけれどかわいらしい雰囲気も持っている。ブルドックみたいな位置づけの顔だ。そんな顔がペンギンの体に取り付けられている。全身白黒。
 手を差し出すと、亀のようにゆっくりと首を差し出して近づいてくる。
 かわいい。
 私はゆっくり後ずさりながら写真を撮った。何枚も何枚も撮って撮り飽きると、目の前の軽食屋『マドム』の店主に彼を紹介した。マドムはまどろむをもじった店名だ。
 店主は大げさに驚き、頭に手を当ててふらつく仕草を見せた。
「恐竜じゃないの」
 彼女は言って、どういう感情なのか、ため息をついた。

 すると、世界が崩れた。
 店主は消えて、島も消えて、何十枚も撮影した恐竜の写真が消えてしまった。私も消えた。
 夢だった。
 しばらくの間私はそれを信じたくなくて、何度も何度もスマートフォンを開き、写真アプリの画像フォルダを目を皿のようにして探し、そして大きく落胆した。
 夢にアイドルが出てきた時よりも喪失感が大きくて、私はついに泣いてしまった。三時間も泣いた。

 私は一体何がしたかったんだろう。
 恐竜の写真が残っていたとして、それをSNSにアップして、それから……それから?
 そんなこをとしたって意味はないじゃないか。例えあれが珍しい生き物だとして、ものすごい数の人が「すごい」と言ってくれたとして、それは決して私がすごいわけじゃない。汗水垂らして遺跡を発掘する人は凄いけれど、私は汗水を嫌って半袖短パンでアイスを食いながら散歩をしていただけじゃないか。
 そう考えると楽になって、汗みどろになった額を拭いてスマートフォンをソファに放り投げた
 夢でよかったじゃないか。そんなことはありえないけれど、本当に写真が残っていたら、私はきっとおかしなことになってしまう。コメントやいいねに一喜一憂する、承認欲求の塊のような人間に。

 翌日。SNSを開くと、恵島えじまがトレンドに上がっていた。夢に出たあの島だ。私はすぐに夢のことを思い出す。だけどそれは夢で、この世界とは一切関係がない。何せ自分の頭の中で生まれて、フィクションにすらならず、誰にも伝わらずに消えていった小さな空想だ。
 自虐的に笑って、恵島のリンクをタッチした。
 画面に表示されたいくつもの投稿。並んで上げられた文字を見て、私はこぼれんばかりに目を見開いた。

 #恐竜からあげ

 

 大ぶりなからあげがの画像がいくつも上がっている。
 私の空想が、私の恐竜が食べられてしまった。そう思わざるを得なかった。
 記憶のゴミ箱から一歩も外に出たことのない私の恐竜。いつの間に見つかって、切り刻まれて、晒されて……。
 今日こそはあれもこれもやるつもりだったのに、もうどうしようもなく疲れてしまって、考えるのも嫌になって、私は脳を外した。無脳になれば覗かれまい。



「やーいやーい無脳~!」
 学校帰りの少年達は、連れ立って男を馬鹿にし、走り去って行く。
 男は立ち止まって、彼らに目を向ける。その瞳には怒りも悲しみもない。
 雲一つない空から強い日差しが降ってきて、男の透明な頭を照らす。人気洋菓子店のショーケースのように、男の頭には何も入っていない。空っぽ。無脳だ。
 男は毎日恵島へ向かい、砂浜に座る。その理由を知るものはいない。男自身も。 

「きょうりゅう」
 ポツリと言った。
 ようやく声になる程度の小さな呟きは、海風に流されてどこかへ飛んでいくのであった。

 

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