スウィーテスト多忙な日々

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ちち、悩む

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「俺は何のために生きているんだ」
 中山は嘆いていた。
「何のために生きていると思ってたの?」
 私は尋ねる。この手の疑問は誰にでも浮かぶもので、当然私自身も考えたことがある。
「そんなの考えたことなかった。今まで」
「じゃあなんで考えるようになったのさ」
「お前が気楽そうに生きてるから。そんなの考えたことなさそうだ」
「そんなことありませんわ」

 中山は立派だ。大学を出て、新卒で入社した会社で今も務めている。二十半ばで始めて彼女ができて、数か月の交際の後に結婚。二人の子供もいる。
 そんな彼に突如降ってきた疑問に、解決策はあるんだろうか。彼の顔を見るに、五分や十分前に思いついた悩みでもあるまい。
「人生の意義というのはねぇ」
 勝手知ったるが如く口を開いた。当然二の句は考えていない。
 だいたい、人生の意義なんて人によって違うはずだ。だから偉そうに説法している人を目にすると、嫌なものを見た気分になる。百人が勧める自己啓発本が百人に向いているとは限らない。
 とはいえ、疑問が湧いたからには解決したいと思うのが当然の心理だ。
 私はそれらしいことを思いつき、口に出す。
「今の生活のためなんじゃないの?」
「今の?」
「うん。多分さぁ、生き物は生きるために生きているんだろう? そのために人間は進化したんだろう? ほんで中山はもう『子孫を残す』っていう一つの目的を達成したからその疑問を持つようになったんじゃないかい?」

「いや」中山は頭を横に振る。「ユウスケが産まれた時にはそんなこと考えなかったんだ」

 ユウスケは中山の第一子だ。中山の性格を見事に引き継いで、超がつくほどの人見知り。
「ユウスケが産まれてミキちゃんが産まれて、その時はまだ必死だったんじゃないの? 心に余裕が出た証拠かもしれない。こういうことを考えるのは何かがぽっかりと空いた証拠じゃないかね」
 言葉を重ねるにつれて、自分が中山に説法を垂れている気がしてくる。けれど、それらしい言葉を口に出すと自分自身が納得してくる。
「家族という立派な城を立てたのさ。それが寿命を迎えるまで、崩れずに立ち続けること、というのはどうさね? 立派な理由じゃないかい?」
 中山は険しい顔で唸った。つまりそれは否だ、ということだろうか。

「お前は何のために?」
 中山が聞く。
 今度は私が唸る番だ。息が続く限り唸って、たっぷり間を稼いだ。こんなことは口に出せないけれど、今のところそれらしい意味なんてない。
「おっぱいを見るためかな」
「え?」
「おっぱい。だから、お前と一緒だよ」言いながら、私ははたと思いついた。「お前最近、嫁のおっぱいしょっちゅう見てるだろ」
 顔をしかめる中山に、私は持論を説いた。子孫を残す前段階にあるのがおっぱいだ。それが常に提示されているということは、目の前に常時ゴールテープがあるのと同じように思えるのではないか。目的地が目の前にあるなら走る必要もない。つい無意味に考えだして、ゴールテープ自体を疑うようになる。


 果たして中山の答えは、私の思った通りだった。ミキちゃんの授乳のため、嫁は頻繁に乳を出さざるを得ない。中山は窓の外を見るように、それを見るともなく見ている覚えがあるそうだ。
「おっぱいが隠れないなら、お前が目を背けるといい」
「はぁ」

 腑抜けた顔の中山に、私はおっぱい禁止令を出した。


 それからしばらくすると、中山はもう一人子供を儲けた。昇進もした。「作戦が成功したぞ」と大喜びで私に言ってきた。大成功だった。
 やっぱり男はアホだ。
 私は歩き出す。おっぱいという名の未来か、未来という名のおっぱいを探して。

 

 

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