三百年も生きてりゃそりゃあ体も悲鳴をあげまさぁ
「あ、あぁあ、あぁ〜」
力無い悲鳴は、獲物を求めて彷徨う蚊の羽音にかき消されるほど弱々しく地面を這う。
肩の調子が悪い。それは今に始まったことではなくて、思い返せば幼年期、高校時代まで遡ることになる。私はバレーボール部に所属していた。
物心ついた頃からひょろ長い私は、その身長を生かそうと思ったわけでもなく、友人に付き合う形でバレーボール部に入部した。
クラゲに毛が生えた程度の筋肉しか持ち合わせていなかった私は、サーブすらまともに打てなかった。しかし私も人間の端くれ。身体の使い方や重心移動、遠心力を駆使し、いつしか人並みにプレーができるようになった。二年三年と続けると、レギュラーメンバーになったりならなかったりして、それなりにまともにプレーを続けた。
惰性で、という程でもないが、高校に入学してもバレーボールを続ける。高校二年生を終えようかという頃、肩に違和感が生じだしたのだ。
思えば、それはきっと筋肉や脂肪があまりにも不足していたせいではないかと考えられる。肩の違和感は痛みへと変わり、いつしか慢性的なものへと変わってしまった。
整体にでも行ってみようか。
もう随分と運動の機会も減ってしまった今になって、ようやくそう思い至り、整骨院の世話になることにした。
「身体の芯からほぐします」
優しい筆遣いでそう書かれた整骨院のドアを開けると、銀縁メガネに口ひげを蓄えた、短髪の整体師が出迎えた。
「こんにちはぁ」
物腰の柔らかい、警戒心を削ぐような口調だ。
「あ、あの、肩です」
童貞。初めての整骨院に臆してしまって、名乗るつもりが肩紹介をしてしまった。
「うふふ」
整体師は私の焦りようを見て笑う。笑い方がちょっとアレだ。
どうにか予約名を告げ、早速施術台に案内された。
台に仰向けになり、肩を開いたり閉じたりする。恐らく不調の原因を探っているのだろう。
ある程度動かすと、今度はうつ伏せになった。
「歪んでますねぇ」
整体師はそう言って、肩や腕をこねくり回す。
そうか、歪みが原因なのか。そう言われると、思い当たる節が山ほどある。片足を重心に立つ癖があるし、文武全てを左手に頼っている。習字さえも左手を使い、野球となると左手でボールをキャッチし、すぐさまグローブを脱ぎ捨てて左手で投げる。生粋のレフティなのだ。
そんな人間の体が歪んでいないはずがない。
整体師は時に優しく、時に力強く身体を正していく。さすがに気持ちのいいものだ。早くも眠くなってきた。
その時、整体師が言った。
「じゃあそろそろやっていきますね」
なんだって。本番はまだ始まっていなかったのか。
私は身体を起こされ、台に座る形になった。
整体師が首の付け根に指を突き立てる。
「あぁ〜!!」
私はついつい情けない声を上げた。
ズブズブ、ズブブブブ。整体師の指が、そして拳が肩から体内に入っていくのがわかる。
「あぁあぁぁ〜〜〜!!!」
手首まで入ってしまった。
「あっははぁはぁは」
整体師は笑っている。独特な節回しだ。
なんだ。なんなんだこれは。
整骨院童貞の私でも、これはおかしいと気付く。整体師の手が何かしらの臓物に直接触れて、思わず嘔吐いてしまう。
「な、なんなんですかこれウェっ」
「そろそろですよぉ。あ、あった」整体師の両手が、私の脊椎をガッと掴むのが感覚でわかった。「これが芯ですぅ」
「骨のこと芯って言うな!」
私は叫んだ。しかし、腹に力が入らなくて、声は出来の悪い紙飛行機の様に墜落する。こいつ、骨のことを芯って言うタイプだったのか。
「身体の芯からほぐしますからねぇ!」
整体師は上気した声で言う。これは施術じゃない。プレイだ。
「あっ!」突然、整体師が叫んだ。「なんか入ってる!」
何?体内に?何が入っているんだ? もはや私の声は形にすらならない。
ズブズブズブっ。
体内から蛇が逃げ出す様な感覚があった。手を引き抜いたのだ。
虚ろな顔で振り返ると、整体師の手には青いスケルトンのプラスチックが握られていた。
「MDが入ってました…」
驚きの表情で、整体師は呟く。
ミニディスク。MDだ。それは紛れもなくMDで、紛れもなく私のMDだった。
『BE TOGETHER/鈴木あみ』
BE TOGETHER。一緒にいる、か。
鈴木あみはそのタイトル通り、ずっと一緒にいてくれたのだ。
「Amigo!」
整体師は、両手の親指を私に向かって突き出した。鈴木あみのニックネームで、友達という意味である。
「Enemigo!」
私も同じように、親指を突き出して笑った。鈴木あみのニックネームではない。敵という意味である。
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