スウィーテスト多忙な日々

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24億5千万回の男

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我が家の電子レンジは壊れている。

 

昨日はくし切りにした玉ねぎに熱を通すのに使ったし、今日は小分けにしたご飯を解凍するのに使った。明日もきっと牛乳を温めたり、料理の時短のために使うのだろう。

だけど、我が家の電子レンジは壊れている。

 

壊れているのに使えているなんて、一体どういう事なんだ、と思うかもしれない。壊れたラジオじゃ電波はキャッチできないし、壊れたプリンターじゃ印刷はできない。それに則って考えなくても、壊れた電子レンジじゃ物は温められないことは明白だ。

が、なんてことはない。ただ電球が切れているだけだ。灯りがつかない、それだけだ。壊れている、なんていう言い方は大げさすぎたかもしれない。

ボタンを押せば「ピィ」と返事をしてくれるし、今でも変わらず食材を温めてくれる。ターンテーブルが納められた小さな部屋に灯りは灯らなくとも、本分を全うしてくれている。

オレンジ色に光らない電子レンジは「らしくない」。ただそれだけのことだ。

それだけのこと、だと思っていた。

 

「お宅から、よからぬ電波が出ておる」

 日曜の昼下がりに突然訪れた老婆は、目が合うなりそう言い切った。私の返事はもちろん「は、はぁ」である。

 だいたい、見ず知らずの家に邪魔をするなら、「ごめんください」とでも言うのが筋ってものだろう。それになんだその恰好は。見たこともないようなおかしな素材の長袖の服を纏って、さらにはアルミホイルを帽子みたいにして。

 私は、どちらかというと寛大な方だ。日傘をぶら下げた、胡散臭い宗教勧誘の二人組がごきげんよう、と訪れたとしても、へぇへぇそうでござんすか。この暑い中大変でしたでしょう。どうぞ上がって茶でも一杯。と心の中でもてなして、布教用の小冊子を笑顔で受け取るくらいの心の余裕は持ち合わせている。彼女らが見える間は鍵をガチャリと鳴らさないでやるし、塩だって撒かない。

 

 それがなんだ、この老婆は。いきなり訪れて「お宅から――」だと? 老人がふざけるのは浅草だけにしろ。ここは漫才協会じゃないんだ。

 私は握り拳にハァーと息を吹きかけ、老人にもわかるように怒りのジェスチャーをとった。そしてその拳を振り上げる。しかし、その状態で私はピタリと固まった。

 老婆はいつの間にか、その場で倒れこんでいたのだ。

 老婆はまだ、どうにか意識を保っているようだ。口元がピクピクと動いている。それが痙攣ではなくて、何かを伝えようとしていることに気が付いて、私は耳を寄せた。

 

マイクロ波じゃ……。強力なマイクロ波が漏れておる……。そしてその強力な波がおぬしを、おぬしを包んでおる……」

 ふり絞るようにそう言ったっきり、声は途絶えた。体を引いて老婆の顔を確認すると、彼女はもう、ピクリとも動かなくなっていた。

 

 そう、我が家の電子レンジは、確かに壊れていたようだ。それも、私が思っていたよりもずっと重傷で、マイクロ波がどこかから漏れ出ている、ということらしい。日々漏れ出る強力な波を私は日常的に浴びて、さらには知らず知らずの内に備蓄していったということになる。電波に敏感なこの老婆は、オーラと化して私の身にまとわりついているそのマイクロ波に耐えられなかったのだろう。

 私はいつの間にか人間兵器になっていたのだ。

 

 世の中には、およそ考えつかないような方法で超人になる者がいる。毒蛇の毒を何年も何十年も少しずつ自分に注入することで、血清を作り出した人間がいる、という話を聞いたことがある。

 私はふと、それを思い出した。壊れた電子レンジを毎日使用することによって、図らずとも彼と同じように、私も超人になったのだ。違う点があるとすれば、彼は人を生かすためにそうなった聖者であり、たいしてこちらは、ひょんなことで能力を手に入れた、悪の怪人だ。

 そう。私は、この力をよからぬことに使おうとすぐに思い立ったのだ。この力で悪を、権力者を倒す。必要ならば全人類をも。私にとっては、それこそが人類を救う唯一の方法だ。

 人類は、発展した技術を使い、神の領域へ踏み込もうとしている。さながらバベルの塔だ。神の有無に関わらず、その成果は人類の発展と同時に堕落をも生み出している。

 しかし、その発展の先に幸福はあるのか。どうしてもそうは思えない。ならば一度壊して、もう一度作り直そう。私は幸いその力を得たのだ。

 

 治癒によって世界を救うのか。

 それとも、破壊によってか。

 遠い遠い、紙や映像の向こうでしか起こりえなかった超人たちの戦いの火ぶたは、既に切って落とされているのだ。

 

 我が、我こそが、マイクロ・ウエーブマンなのだ。

 私は家電量販店に車を走らせ、電子レンジを購入した。電波の漏れている電子レンジなんて、怖くて使えたもんじゃない。

 

 

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