スウィーテスト多忙な日々

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海の見えそうなカラオケスナック 2/2

 

tthatener.hatenablog.com

 

 

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 一度興味を持ってしまったものを断ち切り忘れ去るのはなかなか難しい。どうでもいいことに興味を抱き、パソコンの前で朝を迎えるなんて一度や二度のことではない。

 気が付くと、私は車のエンジンをかけていた。向かう先はもちろんくだんのカラオケスナックだ。もはや脳の深層の独断で、私は半ば意味も分からないままハンドルを握っていた。本当に行くのか? 行ってどうする。

 

 エンジン音を響かせて入場するほど肝は座っていない。少し離れた路地の隅に車を止め、目的地へ向かう。意思とは裏腹に足がすいすいと進む。まるで空港の動く歩道に乗っているかのようだ。

 在りし日にはよく手入れされた南国植物が立ち並んでいた駐車場の入り口は、今や背の高い雑草に取って代わられている。それに隠れながら、コメディードラマの探偵のように建物との距離を詰めていく。ガラスの向こうには今日もワイシャツ姿の男たちの姿が見える。何かは知らないが、まだ始まっていないようだ。一見整列しているように見えるも、よく観察するとそれは朝礼前の少し乱れた陣形のそれだ。

 行くなら今だ。今しかない。今だと思ったタイミングが、今なのだ。

 ネクタイをきつく締め、堂々と階段を上った。

 

 何か秘密の話し合いをしているとすると、入り口のドアにカギがかかっていてもおかしくはない。そう気が付いたのはドアノブに手をかけてからだった。塗装が剥げた冷たいドアノブを握り、下の方向に力を入れる。

 ガチャリ。あっさりとドアは開いた。

 なんてこった。突如としてすとんと普段の自分に戻り、取り返しのつかないところまで進んでしまったことに絶望してしまった。

 飛んで火にいる夏のなんとやら。なんて馬鹿なことを――。

 

「っあ。ああぁあー!」

 ドアを開け、初めに声を発したのは、ガラス張りの壁の角に陣取った小柄で小太りの男だった。そのほかの男たちは口をポカンと開いたり、あるいは逆にに口を真一文字に結んで険しい目をこちらに向けている。

 それからしばらくの膠着状態の後、奥の方からワイシャツたちをかきわけてくたびれた顔の男が私の前に現れた。

「はあはあはあ」

 彼は自分がここの最古参だ、と両手を開き、「我部がべだ」と名乗った。こちらの動揺などお構いなしに、おもむろに語りだす。

 

 「何が私を動かしたのか、今となってはもう覚えてもいない。そのドアを開けて建物へ入るとガチャリと鍵がかかった。そこからが地獄の始まりだよ。どうやったってドアは開かないし、他に出口もない。ガラスだってこの通り、何をしたってびくともしない。でも、寝て起きるとほんのわずかな食糧だけが用意されているんだ。俺はそれだけをよろこびに何日も過ごした。するとどうだ。建物に食われるようにぽつぽつとこいつらが入ってきたんだ。一人増え、五人増え、十人増え、そして……」

 最古参は大きく息を吸い込み、怯えた顔をした。

「あの日だ! 人数が二十人になったあの日! 恐ろしい実験が始まったんだ!」

 

 男の声が静まり返った部屋をいっぱいに満たして、規則正しく開いた壁の穴がそれをすべて吸い込んだ。

「い、一体……」私は恐る恐る聞いた。「一体ここで、何が行われているんです……?」

 それを聞くことはもはや義務だ。奥の方で、誰かのすすり泣く声が聞こえ始めた。

「一人じゃダメだったんだ。十九人でも、二十一人でもダメだ」最古参の視線は汚れた天井に向かう。「二十人の男が必要だったんだ。二十人。二十人だ」

 男たちは建物に集まった。自らの意志で。しかしこうやって捕らわれの身になることは知らなかった。望んでいなかった。私と同じように。天井の赤茶けたシミは何を意味しているのだろう。

 謎の実験は二十人で行われる。それ以上は必要ないし、それ以下では成立しない。私が入ってきたから、二十一人になった。一人余計だ。それはつまり、つまり――。

 

 最古参の眼がギラリと光った。まるで獣だ。そして彼はそれを、飢えた獣の眼を隠そうともしない。視線は私から、私の背後のドアに移った。

「だから……」

 最古参は呟く。ガチャリ。入り口のドアから、金属の仕掛けが動く音が聞こえた。ゴク、といやに大きく喉が鳴る。

「早く出てってくれ」

 

 

 ……ふ、ふぅー。

 ラ、ラッキー!

 馬鹿でよかったぁー!

 

 

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