スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

誰かの役に立つことは書かれていません……

海の見えそうなカラオケスナック 1/2

f:id:tthatener:20191227163814p:plain


 

自宅から坂を上り信号を一つ越えると、かつてカラオケスナックだった二階建ての建物が左手に見えてくる。

そこは住居も兼ねた店舗で、兄の同級生が住んでいて、私の同級生も住んでいた。コンクリート造りのその建物は一階が車庫で、外階段を上がると店舗の入り口がある。他のどの友人の家とも違う、異質な雰囲気を放っていた。

兄がどうだったのかは知らないが、私の同級生は異性だったこともあり、そのスナックあるいは住居にお邪魔する機会は訪れなかった。

 

通りに面した部分はガラス張りになっていて、今はカーテンが閉じられて中が見えないようになっている。昼はもちろん、夜になっても。

そう、スナックはとうの昔に閉店してしまっているのだ。店主である父親が亡くなり、しばらく経って一家はどこか近くへ引っ越したらしい。

そんなガラス張りの元スナックに、数年前からしばしば人影が見られるようになった。幽霊でも妖怪でもない。ワイシャツ姿の男だ。

彼は、いや彼らは不気味だ。

 

ワイシャツ姿の男が一人や二人いたところで別段違和感や恐怖は覚えないだろう。物件の下見をしに来ただとか、いくらでも理由は思いつくし大したことではない。問題は数だ。彼らは群れでいる。

車でスナックの脇を通ると、ワイシャツ姿の男たちが部屋いっぱいに並んでいる光景が外から見える。それはまるでマネキンの倉庫か出土した兵馬俑のようで、「彼らに意思はないのです」と説明されてもあぁそうか、とすんなりと納得してしまいそうだ。一体彼らは誰なのだろう。何をしているのだろう。

 

  まるで呼ばれるように足を運んでしまったのは、今になって思えばその疑問を読み取られてしまったからではないだろうか。じゃまな村人は人狼に殺される。私は知ろうとしすぎてしまったのかもしれない。

 彼らが世にも恐ろしく謎めいた実験の被験者で被害者だったとは。ある程度の想像を膨らませたうえで足を向けたものの、想定を遥かに超えるミステリーが待ち受けているとは、その時の私には知る由もなかった。

 

つづ<

 

 

宜しければワンクリックお願いします。

1.人気ブログランキング

2.人気ブログランキング - にほんブログ村

不思議と指がチートス



ごくたまに、ピントがズレることがある。

視力が落ちて物がぼやけるとかいうたぐいのことではなくて、例えばカメラのズーム機能が狂って物がとても大きく見えたり逆に小さく見えたりするような調子になる。スマートフォンに表示される文字が足の親指くらい大きく見えることもあるし、つい先日は初めてズームアウトの症状が出た。机の隅に置いた小説が一メートルほど遠くにあるように小さく見えて、何とも気持ち悪く感じた。

さらに稀な症状として、それが夢にも出ることがある。それはまさに夢のような体験で、実体の無い何かが極小と極大になるのを繰り返す。ものすごく抽象的で、映像が伴っているかどうかも曖昧。記憶の整理とは関係のなさそうな、不思議な夢だ。

 

不思議の国のアリス症候群」という症候群がある。同名の文学の主人公「アリス」の体が大きくなったり小さくなったりする話にちなんでつけられた名前だ。

それなんじゃあないか、とある友人は私に言った。確かに、調べてみるとそれらの症状と合致するような気もするししないような気もする。

 

 見え方に不具合があるのならば、まず疑うべきは当然「眼」だ。私は古巣である眼科へと足を運んだ。

 オートレフケラトトノメータで大まかな屈折力や角膜曲率半径、眼圧を測定する。そのデータを頼りに視力検査をし、続いて眼底カメラ、OCT、静的視野検査、アムスラーチャートと眼底疾患の疑いを診断すべく検査を重ねる。角膜と水晶体は光を捻じ曲げ、虹彩は収縮し、眼底は様々な目的の光を受け止めた。

 

「星、三・つ・で・す!」

 よく見知った白衣はスタッカートの調子で言う。問題無し。眼科医の診断は、私の思った通りのものだった。

 屈折異常でも眼底疾患でもない。私の眼は、眼球のお手本のような形状と精度で正しく機能している。ただただそれだけが証明された。

 

 見え方に難があり、しかし眼に異常がないとなると、次に疑うべきは脳だ。近所の脳医者に向かい、脳のチェックをしてもらうことにした。

 表皮をカットし、スクリュータイプになっている頭蓋骨をひねり開ける。パッキンを外し、髄膜ずいまくの上部をぐるりと囲むように配置された封を破る。

「いきますよ」

 モニターに、薄桃色の脳が映った。脳医者のゴム手袋を装着した青い手が、ゆっくりと皺の間に潜っていく。麻酔後の口腔内のような無感覚の脳内で、医者の指は一体どういう動きをしているのだろうか。

 

 ふと疑問が浮かんだ。

 今、脳医者の手は、『物理的に』私の脳内に入り込んでいる。それを私の脳内―つまり「想像」という『抽象的な』意味合い―で消してしまったらどうなるのだろう。脳医者の指が、掌が、どろどろに溶解し消滅してしまう想像をしてしまったら。

 脳内に入り込んだ手など消えてしまったのだ、と脳内で想像する。現実が勝つか想像が勝つか、どちらの脳内が優先されるのか。

 

「おっ?」

 眼を閉じ、想像に輪郭を与えていると、脳医者の手がピタリと止まった。

「どうしました?」

 私は勤めて冷静に尋ねる。肋骨にぶつかるほど心臓が激しく打った。本当に消えてしまったのだろうか。

 脳医者はするりと引き抜いた。

 ごくり、と息を呑む音が診察室内に響く。それは果たして私の出した音なのか、それとも彼のものか、よくわからない。

 

 脳医者の手がモニターに映る。

 指先が、チートスになっていた。

f:id:tthatener:20191211070553p:plain

 

 

宜しければワンクリックずつお願いします。

1.人気ブログランキング

2.人気ブログランキング - にほんブログ村