スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

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Everything is a joke

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 Youtubeを見ていると、マックで働いていたらしいハゲが講義している動画が頻繁に広告に出てくる。

「我、真理得たり」みたいな雰囲気が溢れに溢れていて苦手すぎるので、何度も何度もあの広告が出ないように設定しているのに、隙を見せるとすぐにつるりと画面内に滑り込んでくる。スキンヘッドにローションでも塗っているのか。

 

見よう見ようと思っていた『JOKER』をつい先日映画館に観に行った。

映画ってなんでこんなにクソ高いんだろうと思っていたのだけれど、会員割引で安く観られるようになっていることを初めて知った。千円で観られるなんてもっと早く知りたかった。これからはがんがん足を運ぶとしよう。

 

JOKERの感想はというと、あまり「いいもん観たなぁ」とは思わなかった。ダークナイトシリーズのジョーカーしか知らないので、あのいかれたキャラクターの片鱗を期待して観たのだけれど、意外にもまともな人物というか、ただのかわいそうな社会的弱者が祭り上げられていく話で少し肩透かしを食らった。でも、口コミ評価とかはとても高かったのでたまたま好みに合わなかっただけだとは思う。

 

劇中で主人公のアーサーが、「俺のことをJOKERと紹介してくれ」みたいなセリフを言っていたのを聞いて、あ、JOKERって元々ジョークを言う人って意味なのかと初めて気が付いた。だから道化師の絵柄なのか。

JOKERは切り札かババとしか思っていなくて、「ペン」とか「石」とか「よしまさ」みたいにその言葉自体の意味を考えたことなんて一度もなかったから、突然の気付きに驚かされた。あぁー。君それ意味あったのか。端から知っている人の方が多そうな知識とも言えないような事柄でも、自力で気付いた時にはなんだか嬉しくなる。それだけでも観に行った甲斐があったなぁと思った。

 

 映画を観た後はやはり感想を言い合うに限る。

 一緒に観に行った友人に提案して、おやつを食べにカフェに行くことにした。話はJOKERの感想に始まり、こういうテーマの映画が観たいだとか、こんな展開にはげんなりするだとか、それぞれの映画に対する要望なんかを語り合った。JOKERに影響されたのか、いつの間にか店の迷惑になりそうなほどの大声と大げさなジェスチャーを交えて会話をしていた。

 私はアイスティーにチョコレートブラウニーを注文して、友人はパフェを注文したのだけれど、いつまで経っても友人の分のパフェが到着しない。けれどいつまで経っても彼は「もう少し待っていよう」と悠長なことを言うので、私が店員に声を掛けた。

 

「あのう、パフェがまだ来ていないんですけれど」

 私が言うと、店員はものすごく焦った様子で謝りもせずにカウンターの方へ飛んで行ってしまった。

 一体何なんだ。そのまま待っていようか、それとも立ち上がろうかと迷っていると、勤務年数の長そうな顔つきの柔らかい男性の店員がこちらにやってきて言う。

「大変申し訳ございませんお客さま」店員は頭を下げて、私のブラウニーを手のひらで指した。「すぐに作ってお出しするか、もしくはこちらの注文分を無料にさせていただきます」

「いや、それはいいです。じゃあ作るのを待ちます」

「かしこまりました」

 店員はもう一度ペコリと頭を下げてから、こちらに背を向けた。けれどその直後、こちらを振り返って付け足す。

「当店のパフェは少々サイズが大きいのですが、お客様お一人でお召し上がりで?」

 

 何を言っているんだ。というか、友人が一言も口を挟まないのが不思議でしょうがない。私は彼の席を指さし、コイツの注文が来ていないんですよ、と少し苛立ちを抑えられずに答えた。

「そちらの席には……どなたも座ってらっしゃらないように見受けられますが……」

 店員は申し訳なさげに呟く。

 視界が歪んだ。私は大急ぎでバックパックのポケットを漁り、チケットの半券を探す。映画は私の奢りで観たのだ。その二枚の半券を、店員に突き出そうとした。何故か、それだけで話がまとまると思った。

 ポケットには、一枚の半券と、もぎられていない一枚の券が入っていた。

 

「JOKER」

 店員は私に人差し指を向けた。

 

 

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全てを知ってしまうと人生はひどくつまらなくなるらしいのです

 

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ああ、夢でよかった、と醒めた後に心からほっとした。とても怖い夢を見た。

走っても走ってもついてくる化け物だとか、高い所から落っこちるような非現実的な夢ではない。退職後にもかかわらず、人手不足という理由で以前働いていた職場の助っ人に駆り出される夢だった。

 

私は以前、都心部にあるビジネスホテルのフロントで働いていた。客室数130室ほどの、中規模のホテルだった。

一度の勤務で25時間を過ごす。朝出勤して、帰宅するのは翌日の昼になる。消防士の勤務形態に近いらしい。出勤するとまずはチェックアウト部屋と連泊部屋の確認をして前日の当番から役目を引き継ぐ。それが終わると当日の宿泊客受け入れの準備をして、午後四時前後から宿泊客のチェックイン手続きを適宜行っていく。夜になると翌日の予約の確認、部屋の割り振りなどをして、朝になるとチェックアウト業務を行うというのが大まかな流れだ。

 

私は、ホテル勤務が怖かった。

ホテルというのは受け身の商売だ。客が来なくては話にならない。フロントマンにとって一番重要な役割は、その来客対応の「チェックイン」だ。そのチェックインが怖かった。

宿泊客が一気に来て、とんでもなく混雑したらどうしよう。予定外の当日予約が続けざまに飛び込んできて、さばききれなかったらどうしよう。どれだけ働いても、どれだけ職場内で立場が上がっても、それに慣れることができず、私はいつもドキドキしていた。勤務日を迎えるたびに心臓が早鐘を打つから、いつか勤務中に卒倒でもするのではないかと思っていた。クラッシュを起こした車のアクセルが戻らなくなって、ものすごいエンジン音が鳴りだすみたいに、私の心臓は高速で脈を打つ。それが怖くて、バックヤードに隠れて深呼吸をするのがルーティーンだった。

 

「あーた。これは何かしら。何か病気を持ってらしたの?」

 デヴィル夫人は巻物のように伸びる印刷用紙の一部を指さして、私に尋ねた。ちょうどビジネスホテルに勤めていた頃のものだ。夫人が手にしているのは私の生涯心電図で、その名の通り生まれてから死ぬまでの心電図が継ぎ目なく一本の線になって印刷されている。ボクサーだとかの格闘家だと、もしかすると度々途切れた心電図になっているのかもしれない。見たことはないので知らないけれど。

 ともかく、すべての人間は死んだあと、この心電図に照らし合わせて生涯を振り返ることになっている。

「仕事で、ものすごく緊張することが多かったんです」

 夫人の手にした心電図を後ろから覗き込むようにして、自らの一生の出来事を順番に思い出していった。

 小学生のことを思い出せば小学生の姿に。老年期のことを思い出せば背中の曲がった老人へと私の身体は姿を変えた。肉体に復帰することはもう二度とないのだと思い知らされる。

 

「これ、頂けるんでしょうか」

 夫人の背中に問いかけた。例えばこの先何千年と魂のまま彷徨うことになっても、これがあればそこそこの暇つぶしができそうだ。

「だめよ」夫人は首を横に振った。「ガーランドにするの」

「ガーランド?」

「キャンプとかパーティで使うじゃない。三角に切った色紙いろがみを並べて吊り下げたりする飾りよ。知らないかしら? 万国旗みたいなもんよ」

 

 毎週末、ここではパーティが開かれる。忙しい職員たちをねぎらって豪華な料理が振る舞われるのだ。私たち新参者の心電図は、その線を縁取って切り取られ、ガーランドとして使われるらしい。

 私たちが生きた証、心臓の鼓動は、パーティの飾りだ。

 平静もパニックも、ただの賑やかしのひとつにすぎない。 

 

 

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