嘘から出たまこと
SNSの発達した昨今。わずか十数年前には考えられなかったような、奇想天外な発想で生業を得る若者が次々と生まれている。
コスプレ屋、拡散屋、おごられ屋など、大学を卒業して一流企業への就職を夢見た我々世代では考えても考えつかないような柔軟な発想に、ただただ息を漏らすばかりだ。梅沢誠 氏もまた、その一人である。
梅沢氏はSNSで呟く嘘が話題になり、映像・出版・芸能と多方面へその才能を発揮し続けている。
――早速でなんですが、何か一つ頂けませんか。
ハンガーって触ったことないです。
――あはは。近年、自営業だとか起業という枠を飛び越えたような方法で働く人が増えていますね。梅沢さんの場合はどなたかを参考になさったんですか?
いえ、参考だとか真似しただとかというのは特になくて。昔からホラ吹きとかオオカミ少年だとかって言われてたんですよ。それでそのまま大人になった時に、あ、これはもしかすると特技かもしれないな、と思って。
――なるほど。付け焼刃じゃあない、しっかりと育ててきた嘘力なんですね。SNSのフォロワー数などでもわかるように、疑いようもない人気っぷりですが、始めた当初は嘘で稼げるなんて思っていましたか?
嘘力。そうですね。実際、嘘をついて、人を騙して稼いでいる人っているわけじゃないですか。だから、まず間違いなく嘘で稼ぐってことはできますよね。まぁ僕がやってることとは全く違った嘘の使い方ですけど。初めは稼ごうなんて思ってもいませんでした。習慣がたまたま当たった、という感じです。
――確かに広い意味で言うと嘘も騙すのも同じカテゴリですね。嫌なことを言われたり、批判の的にされるようなことはありませんか。
僕のことを好いてくれている人って、物好きというか、心の広い人が多いのであまりそういうのは無いですね。たまに嫌な人もいますけど。
――嘘というと嫌なイメージがやはりありますが、梅沢さんのようにひょいと嘘をついても笑ってくれる世の中というのはある意味理想的なのかもしれませんね。
そうですね。そう思います。
――それでは最後に、とっておきの嘘をお願いします。
梅沢誠です。
もうたべられないかな、と思ってからさらに三日後、もう食べられないよな、と思う
収穫された野菜は生きているのだろうか。
宇垣美里は涙を流しながらそう思った。
彼女のその涙は、切っていた野菜に由来する。玉ねぎをみじん切りにしている時のことだった。
少なくない年月を生きてきて、初めて抱いた疑問だ。この歳になって湧き出てくる疑問としては大変に純粋で、それだけで少し幸せな気分になる。新しい曲のフレーズを思いついたような喜びがあって、一人きりにもかかわらずキッチンで目を見開いた。とはいえ宇垣美里は作曲家ではない。自分がシンガーソングライターで、何気ない暮らしの中で歌詞やメロディーが生まれる時はこんな気分なんだろうか、と考えた。
宇垣美里がそう思ったのは、自分が手に掛けた玉ねぎを憐れんでのことではない。そこまで繊細な人間ではない。
彼女の目に映った、じゃがいもがそうさせた。
そのじゃがいもは、キッチンの隅にある野菜かごに入っている。ラタン製の野菜かごにぽつんと、取り残されたように一つだけ。
いびつな楕円体の数か所から、まるで異星人の触手のように芽が出ていた。
それを見てふと、そう思ったのだ。
肉はもちろん、果物も野菜も、本体から切り離された彼らは商品となり売りに出され、消費されるのを待つ。
消費するのが遅れたり、あるいはうっかり忘れてしまうと、彼らは腐ってしまう。だから本体から切り離された彼らのことを、宇垣美里は死んでいるものとして無意識のうちに思い込んでいた。
しかし今、「見ての通り成長期だぜ」と言わんばかりに芽を伸ばすじゃがいもを見て、野菜の生死の基準が全く分からなくなってしまった。野菜にとって、生きるとは、あるいは死ぬとはどういうことなのだろうか。腐ってしまうじゃがいもと、芽を伸ばすじゃがいもの違いは。
宇垣美里は料理を作り終えて、盛り付けた皿をリビングのテーブルに並べていく。
テーブルには、オーザックの袋がある。じゃがいもを揚げたスナック菓子だ。
しかし、オーザックの袋の中には、オーザックは入っていない。
入っているのは髪の毛だ。
もちろん、人間の。他でもない宇垣美里の髪の毛だ。
彼女にはそういった癖があって切った髪の毛を集めている。というわけではない。
宇垣美里は昨晩、自分で少し髪を切った。集めた髪を、近くにあったオーザックの空き袋に入れた。そしてそれを捨てるのを忘れていた。それだけのことだ。
ソラソドソラソ。
お米の炊き上がりを知らせる「アマリリス」のメロディーが鳴った。
蒸らしの時間を考えて、明日は十五分早くお米を炊こう、と宇垣美里は思った。