スウィーテスト多忙な日々

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しなれ、老人のサオ

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その夜、私は河口を目指して歩いていた。
なんのことはない。ちょうど海と川の繋がる辺りのコインパーキングに、車を駐車していたのだ。


那覇」という、島の中枢でお酒を飲み交わし、帰路に向かう道中のこと。その川に釣り糸を垂らして、木製のベンチに腰掛ける老人がいた。
「何が釣れるんですか?」
私は尋ねる。酔いの手助けがあってか、何の躊躇も遠慮もない。
「……」
老人は表情を変えず私を見つめた。
「何か釣れました?」
めげずに続ける。

 

この川では、数ヶ月前にYouTuberが大きなアジを釣っていた。アジといっても二十センチそこらのフライにするような種類ではなく、名前に「ジャイアント」とつくような大型のアジで、成人男性の身長・体重と同程度の個体もいるらしい。
「ミーバイが釣れたさぁ。あれ。自転車のところにいるさ」
老人は顎で目の前の自転車を指す。
ミーバイというのは、ハタという魚のことだ。高級魚のクエだとか、外国だとゴリアテ・グルーパーという巨大魚もこのハタ類に属する。口のでかい根魚である。
老人は、四十センチ近いミーバイを釣り上げていた。


「おぉ、いいサイズですね。」
「まだまだ小さいよ。今から下げ潮だから、釣れるかもしれんね」
釣りのわかる人間だと理解したのか、老人は笑顔を見せる。
「サメも釣れますか?」
「たまにね。手前まで寄せてきたけど、切られたよ」
この辺りはサメも釣れる。サメといっても、ホオジロのような大型のヤツではなく、オオメジロザメという一メートル前後の小型のサメだ。

 

「ちょっと待ってて下さい」
 そう言って、私はおもむろに川に飛び込んだ。老人に夢を見せてあげたいという優しさから出た行動だった。
 ちょっと、とか、おい! とか、そういう声が聞こえたが、無視して川を遡上した。
 ひたすらに泳ぐ。
 少し白濁した水を掻いて、体力の続く限り泳ぎ続けた先に、眩しいネオンの光があった。


『監獄ガーズバーJustice』
 上陸し、びしょ濡れの身体で正義の巣窟へ足を踏み入れる。
 どういった店なのか詳しくは言えないが、名前から察してもらえれば恐らくそれと大差ないはずだ。


 ぃらっしゃぃませ!
 今日ゎ何してたの?
 飲むしかないっしょ、朝まで収監! とかゆって。ワラ


 古代ギャだ。
 彼女たちは、都心の隅でひっそりと、今でも元気に泳いでいる。一人ひとりが五百ルーメン以上の輝きを放って。


「ブルンバブンはいるかい?」
「ああ、奥で寝てるよ」
 胸に勲章をつけた屈強そうな男が、背後の闇に向かって声を張り上げる。
「仕事だぞ!」
 私はほどなくして現れたブルンバブンに事情を伝え、手には五千円札を握らせた。
 それから私は老人の元へ戻り、また世間話をはじめる。


 十分ほど経ったろうか。竿先につけた鈴がチリリンと鳴る。アタリの合図だ。
 二人の熱視線が竿先に注がれると、その瞬間、竿全体が強烈に弧を描いた。
 逃した魚ほど大きく思える。十分後、老人は釣り上げられないことを悔やむことになるが、それ以上に忘れられないビリビリするような楽しみを、これから味わうのだ。

 

 

 

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