二人会談
「だからね、キミ、 これはつまり人類の心の形が変わってきているんだと思うんだよ」
心理学者は酔っている。右手には、泡立った黄色い液体。 グラスの上部にははぐれた泡がへばりついて、輪を作っている。
「それは、 例えば顎が退化して細くなってきているというようなことですか? 」
「心だっつってんだろ!」
彼の心は狭そうだ。
「すいません」
「元の心は、正方形だったとしよう」
心理学者は胸ポケットからペンをとり、 紙ナプキンに正方形を描く。それから、縦に二本、 横に二本線を加え、正方形を九つに分割した。
「こうやって、隣り合う人間と直接触れ合ってきたんだ。昔は」
「はぁ」
「だけど、情報化社会の影響か、この正方形同士に距離ができた」
九分割の正方形の隣に、小さな正方形を九つ描いた。今度は、 それぞれの間に少し隙間がある。
「こう離れてたら、交流ができない。さて、解決策はあるかな?」
「なぞなぞですか?」
突然の疑問符に、私はポカンとしてしまった。あまり、 ちゃんと聞いていなかった。
おずおずと尋ねると、四角形の中心を上下左右に移動させずに、 隣の四角形と接触させなさい、という問題らしい。
なおもよくわからずに頭を捻っていると、 心理学者は四角形を45°回転させた。すると、 四角形の頂点同士が触れ合う。
「なるほど」
「じゃあ、次だ」心理学者は真剣な顔で言う。「 もっと、さらに多くの人間と触れ合うには、どうしたらいい?」
いつの間にか、「四角形」が「人間」に変わった。 つまりはここからが本題ということだろう。
「えーっと」
「ああ、そうだな」
まだ何も言っていない。
「四角じゃ限界がある」学者の指が私の顔を指す。「 いよいよ形を変えなければいけない」
今度は、四角ではなく星のような図形を描いた。
「こうやって尖っていけば、接触点は増えるだろう」
「はぁ」
「これが結論だよ。よく、『心が尖っている』というだろう。 話し合える人数は増えたのに、心の距離が空いたんだ。するとね、心という資源を細く、伸ばすしかない。 自然とこうならざるを得ないんじゃないかと思うんだよ」
心理学者は残った液体を飲み干し、ため息をつく。
その時、私の脳内を飛脚が走った。
「ミニ四駆と同じですね!」
「なんだい?」
「ミニ四駆の、ギアの、噛み合わせを良くするために、 グリスを塗らずに、モーターを回すんです! すると、ギアが削れて、噛み合わせが良くなって、 性能が上がるんです! それを、「ブレークイン」というらしいです!」
ブレークイン、というらしい。
「それとは違うんじゃないかな」
違うと思う。
。