スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

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走れ。走っていい場所を。

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「おむちゃんとおまるくん、結婚したらしいですよ」
 バイトの湯川が、はがきを手に言った。

 生きていると悩みは絶えないもので、それがあまりに大きいと自分を責めてしまったり、生きる希望さえ失ってしまうこともある。
 しかし、それが当人にとっていかに重大で深刻な事態であっても、隣の誰かにとっては夕食のメニューを考えるよりも程度の軽い事の場合がある。悩み事というのは、自身の能力や性格との不一致からくるものだ。大抵はそれに長けた専門家がいる。
 そういった、相談者と有識者をマッチさせる「お悩みお見合い所」と呼ばれる仕事をしている。このご時世そんなものに需要はあるのかと皆は言うし、私自身も訝っていたが、事務所へは毎日コンスタントに問い合わせが来る。

「おむつ断ちができなくて」
 応接室のソファに座る若い女は言った。
「そうですか。うーん」
 私はとりあえず深刻そうに唸る。生業にしている以上悩み事に優劣をつけるわけにはいかないが、その悩みはわざわざ足を運んでまで相談することとは思えない。そんなに難しいものなのだろうか。近くのママ友や産婦人科医のアドバイスでどうにかなりそうなものだが……。
 しかも、このお見合い所はもちろんタダではない。仲介料と派遣料を合わせて最低でも五千円はする。要件が「おむつ断ちの方法を知りたい」だろうとなんだろうと。

「あれこれ試したんですか?」
 私は良心から尋ねた。それがどうしてもウチの手を借りなければいけないことだとは、やはり思えない。
「いえ、あの……はい、まぁ」
 女はなんとも歯切れの悪い返答をする。
「お医者さんへは?」
「……いえ、そんな」
「ご近所さんとか」
「言えません」
 なるほど。そういうタイプか。
 たまに、こういう人がいる。名前を知りあっているような近い人間には悩みや相談ができず、一人で抱え込むタイプだ。そういう人種は、比例して不倫している確率も上がる気がする。

「おいくつですか?」
 軽い笑みを作って聞いた。この人に向けるべき顔はこれだろう。
「二十……九です」
「あ、いえ。お子さんの年齢です」
 私が笑みを崩さずに聞くと、女は苦い顔をして立ち上がった。そして、スカートを下ろした。
「あの、私のことなんです……」
 女の下半身は、それはそれは安心できそうなおむつで覆われていた。ほんのりピンク色をした、やわらかそうなおむつだ。
 私は笑みを張り付けたまま固まってしまった。こんなことがあるのか。

「家族や友人には言えないし、インターネットでまともな解決法が見つかるとも思えなくて……。こんなんだから、彼氏もできなくて……」
 女は少し泣きそうな顔をしている。
 こんな相談を解決できる有識者はそうそういない。だが、私には当てがあった。一覧表を素早くめくる。この医者じゃない。このトレーナーでもない。この主婦でもない……。あった。いた。

「この人と会ってみてください」
 私はある男のプロフィールと顔写真の載っている資料を女に手渡した。
 それが「おまるくん」だったのだ。

 あれが、もう三年前のことになる。
 相談者同士が一つになって、プラスの結果を生む。マイナス同士の掛け算だ。
 そうやって、少しずつマイナスを減らしていこう。

 最後に一つ残ったマイナスが、行き場を失い、きっと悪魔を生むだろう。

 

 

 

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