LOST
たかだか物を失くしたぐらいで大騒ぎするなんて、まだまだ小僧の証である。そもそも物を失くすというのも良くない。所有するからには、それが自身の臓物の一つであるかのように大切に扱ってこそ、ようやく持ち主を語れるのだ。
さて、USBメモリを紛失した。
先程から心当たりのある保管場所を同じように何度も何度もローテーションして探している。二度も見れば無いものは無いとわかるだろうに、馬鹿犬が餌を探すように三度も四度も引き出しを開け閉めしているのだ。犬様を馬鹿呼ばわりする資格なんてない。
家の外に出した覚えのない物を失くすとは、一体どういうことだろう。真っ先に考えられるのは、どこか隙間にでも落ちてしまったという可能性だ。
そのメモリと組み合わせて使っているのは、主に書き物をする際に使用するパソコンだ。物入れに見当たらないのなら、パソコンの周辺、例えばデスクの足元にでも落ちているのかもしれない。
私はフローリングに這いつくばり、デスクの下を覗き込んだ。
輪ゴムが一つ。確か食べかけのお菓子に封をするために使っていて、外す時に落としてしまったものだ。そこには、その輪ゴムしかなかった。
姿勢を少し変えて、今度はベッドの下を覗き込む。
「あっ」と声が出た。USBは落ちていない。
立ち上がり、「どこだぁ?」と呟きながら、再びあちこちを開いて覗き込む。
本棚、領収書入れ、筆箱、工具箱。こんなところにあるはずはないと知りながら、手を動かし続ける。すると、ウォークインクローゼットの奥、突き当りの中空に、何かぎらりと光るものを認めて目を凝らした。あぁ……。
「ないなぁ」
私は大げさに独り言を放って、クローゼットの折れ戸を閉じた。それから「うーん」だの「あーん」だの間延びした声を発しながら着替えて、だらだらと家を出た。
「助けて下さい!!」
自宅から程近い交番に飛び込み、いかにも頼りにならなさそうな警察官に叫んだ。
「どうしました」
水色シャツは眠そうに返す。こちらの声色で緊急事態だとわからないのだろうか。
私は目玉が取れるのではないかと思うぐらいに瞼をかっ開いて、警察官に訴えた。
「ベッドの下と押し入れに、誰かいるんです!」
警察官は私を上目遣いに見た。口を閉ざしている。
私は再び叫んだ。
「ベッ、ベッド! ベベベベべベべベべドベデベス、べっべっべっ……」
急にろれつが回らなくなる。なんだ? 私は焦りながらも口を動かし続けた。
瞼に、体に力が入らない。
警察官が荒々しく話す。
その声は、二つに分かれている。
その頃、ドアの開いた私の部屋では、二人の男がUSBメモリのデータを抜き出していた。
「畜生」だとか、「早よせぇ」だとか、いらいらした声が聞こえる。
私は一階に下りる階段の目前で、うつぶせに倒れていた。後頭部からは真紅が湧き、口から泡を吹きながら、壊れたおもちゃのように「べっべっべっ」と繰り返している。
片方だけ開いた目には、階段の薄茶色の木目がぼんやりと映っていた。
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