じゃんけん必勝法
「じゃあ、じゃんけんで決めようぜ」
こいつの苗字はきっと山田だろうな、と思われるような能天気で浅はかそうな声で、私は提案した。
「ああ」
かん平は曖昧に返す。
チャンスだ。勝利への闇路を前に、私はちょうちんを得たような気分になった。
じゃんけんというのは、一番ポピュラーな勝負事だ。
それを提案したところで、「じゃんけんは絶対に嫌だ」と強烈な拒否を突きつけられることはそうそうない。じゃんけんは例えば、免許証に匹敵する信頼を得ているのだ。
単純明快なルールで老若男女誰をも省かずに親しまれている最強の勝負、じゃんけん。たった三つの手のどれかを出すだけ。有利不利は無く、勝率は三分の一。考えてみればそんなわけはないのに、たいていの人間はそうだと信じている。いや、そうだとかそうじゃないとか、それすら考えていないのだ。
だからこそ私はたったの一度も職に就くことなく、この歳まで優雅な生活を続けてこれたのだ。
突き出したチョキを解けないまま、かん平は地に膝をついた。突然の敗北が信じられないといった様子だ。どれだけ自分が迂闊だったかに気付けなければ、彼はこの先も負け続けるのだろう。
「可哀想だから、百万だけもらうよ」
いかにも申し訳ないといった表情で私が言うと、かん平はぱぁっと明度を上げ、「ありがとう! ありがとう!」と何度も感謝を述べた。
気の毒な奴だ。こいつはきっとこれからも変わらないのだろう。「素朴」の看板が大きすぎて、目の前がよく見えていない。
私は深く会釈をして、その場を離れた。
さて、あらゆる賭け事に勝率を高める方法があるように、じゃんけんにももちろん、それはある。卑怯な勝ち方、姑息な勝ち方。手は一つではない。
例えばこういう勝ち方がある。
「グー出したら負けよ、じゃんけんぽん」
こう掛け声を出しながらじゃんけんをすると、まずあほうがひっかかる。グーを出したら負け、ということはチョキを出せばいい。ルールを理解できずグーを出す者、とっさにパーを出す者を瞬殺できる。一番汚い勝ち方だ。
どの手も出さないという賢明な対抗策もあるものの、瞬時に拒否を選択できる人間はそうそういない。そもそもそういう人間は、この不平等なルールにも瞬時に適応できる者が多い。
たとえ負けたとしても、「こんなのイカサマだ」とはねつけてしまえばいいのだが、大人しく引き下がる者は意外に多い。馬鹿馬鹿しくて笑ってしまうのだ。
じゃんけんには単純に勝率の高い手もあるし、「拳読」や「手の宣言」といった、勝ちを得るためのテクニックがいくつかある。私は裏を読むことを得意としていて、今のところ七割近い勝率を継続している。
こんな風にじゃんけんの真実を伝えたとしても、真に受けて取り入れようとする者はなかなかいない。じゃんけんが例え強かったとて、自分の人生に影響を与えるとは思っていないのだ。
それなら逆はどうだろう。じゃんけんで一度も勝てない。絶対に負けてしまう。もしも自分がそうなら、勝ち方を知りたいと思わないだろうか。もしも自分がそうなら、人生で損をしていないと言い切れるだろうか。
ここまで根気よく説明しても「私には関係ないわ」と鼻を鳴らせる人というのは、とても幸せな人間だ。たとえ家が燃えても、命さえ助かれば問題ないわと笑えるのだろう。
淘汰されていくことに気が付かないのなら、それは淘汰されたということにならないのかもしれない。そのような満ち足りた人間は、きっと箱舟に乗る必要はないのだと思う。寂しいけれどここでお別れだ。
「さて、ここからが本題である」
私は声量を上げ、そう宣言した。
市民会館に集まった満員の参加者は、期待に満ちた声を上げた。目を見開き、ごくりと生唾を飲み込む者の姿も多く見て取れる。
「ここまでついてきた方々。あなた方は、じゃんけんに勝ち方があるのだと理解してくれたことだろう。これからあなた方は、半年の短い期間でじゃんけんの必勝法という宝を手に入れることになる。しかし今日はもう時間がない。なので一つ、『単純に勝率の高い手』というのを公開したいと思う」
ぱちんと指を鳴らす。背後のスクリーンに「グー」「チョキ」「パー」が映し出され、ここ四十年におけるそれぞれの勝率が表示された。直近三年は、チョキの勝率がなんと六割を超えている。
「これは私たちJK研究所の集めた確かなデータです。近年の勝ち手がチョキであることは、傾向から既にわかっていました。果たしてそれは的中し、さらに二年続くと予想されます」
私は大きく息を吸い、鼓舞するように叫んだ。
「時代はチョキ!! 皆の者、チョキを出せ!!!! 大チョキ時代の始まりだ!!!!!!」
集まった者たちは叫び、拳を突き出した。そのグーは六千にも上った。
こうして、大チョキ時代が始まった。
賢い者というのは、常に先を、裏を読む。そう。私の得意な手である。
大チョキ時代が広まるというのは、つまり実のところ大グー時代が始まったと言える。
時代は、大パー時代なのだ。
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