スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

誰かの役に立つことは書かれていません……

パソコンが壊れたので脳内でブログを書いています。

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 我が家のことは、我が一番よく知っている。例えばこの床板を踏めばほんの少したわんでギュウと音が鳴るとか、あの角にはホコリが溜まりやすいだとか。あの壁のへこみは、不要になった棚を移動させた時についたものだ。高校を卒業した頃だ。

 私たち一家がこの家に越してきたのは、私がまだ幼稚園児だった頃だ。引っ越しと言っても業者もトラックも使っていない。何故なら路地を挟んではす向かいに建てた新居に引っ越したからだ。

「もうこの家ともお別れね……」と鼻をすするような別れもなかった。旧家の方はそのまま親戚が住むことになったので、いつでも遊びに行けるし、もちろん私たち三兄弟の学区だとかが変わることもない。せっかくなら転校みたいなことも経験してみたかったなぁとも思ったけれど、そうなったらそうなったで当時ひどくわがままだった私なら四日は泣き叫んだことだろう。

 

 それからもう三十年近く経つ。四人で住み始めた家からは、進学、結婚、就職とそれぞれの理由で一人ずつ減っていった。私も一度は実家を離れたけれど、最終的に一人残った祖母が羽ばたきそうになったのをきっかけに戻ってきた。

 当初はそれぞれに持ち主がいた部屋も、今では放置されている。二階の部屋は四つあって、一つが私の寝室。あとの三つも寝室なのだけれど、それは「誰も使う人がいないので寝かせてある部屋」という意味の寝室だ。十数年前まで誰かが住んでいた頃の名残がそのまま残っていて、目を閉じるとどこに何が残っているかすぐに思い浮かぶ。ちなみに、兄の部屋のタンスの右下には未だに二十年前のエロ本とポルノ雑誌が隠れている。私はこれらの資料でようく勉強した。「初めちょろちょろ、中ぱっぱ……」という炊飯時の合言葉をエロ本で覚え、女性の身体の仕組みをポルノ雑誌で知った。

 

 家の違和感に気が付いたのは、つい数日前のことだった。ミシン糸を探そうと私は姉が使っていた部屋へ足を踏み入れた。姉の部屋は一番汚い。姉の子どもたち、つまり私の甥の使わなくなった玩具や、姉が着なくなった服が乱雑に放られている。

 ホコリを立てないように忍び入り、お目当ての色の糸を探し当てた直後のこと。カーテンがわずかに開いていることに気が付いた。

 

「あれれれれぇー?? おっかしいなぁー????」

 首を九十度近く曲げ、側頭部に人差し指を添えた。当然頬は膨らんでいる。

 私は先月三十二歳になった。あまり外ではぶりっこもできない歳なので、家の中ではこうして自分を解放している。

 それはともかく、何かがおかしい。棚の上にあるリラックマのぬいぐるみを見て、違和感は強くなった。ほんの少し角度が変わっている。

 

 そんなわけがないことが起こると、人はたいていそんなわけがないと思うものだ。私も例に漏れずそんなわけがないと思ったり、あるいは勘違いかもしれないと自身を疑いながら姉の部屋を出た。向かう先は自室ではない。兄の部屋だ。

 兄の部屋には、ゴルフバックが三つある。兄が帰郷した際に使う二軍のクラブたち。入るなり、私はその中のゴルフクラブを一つ引き抜いた。6番アイアンだ。

 何故そこに目をつけたのかはわからない。けれどビンゴだった。鈍く光るゴルフクラブに付着した指紋は、私たち家族の誰のものとも違うパターンだったのだ。私が覚えている限り、親族の誰のものとも一致しない。

 

 眉間の皺を深め、目を細めた。その時だった。

 背後から物音がした。ホラー映画のワンシーンのように、私は恐る恐る振り返る。男と、目が合った。

 「おい、何してんだ」

 視線を交わすなり、男は言う。見覚えのない顔だ。

「え?」

「人んちで何してんだって言ってんだ! 出てけ!」

「あ、え、あの……」

 

  男が肩に担いでいる棒は、私が空手道場で使っていたこん棒だ。つまり、やはりここは我が家であって、決してこの男のものではない。さて、この場合どうするべきだろう。

  その時、私の顔にコバエが止まった。男の視線はそこへ注がれる。傍らにある姿見を覗くと、それは右の頬に止まっていた。一瞬の沈黙の後、私はコバエを叩き潰した。

 コバエは綺麗な丸型になって潰れた。ぺっしゃんこ、真っ平らだ。それ以来、私はそのコバエをホクロとしてつけっぱなしにしている。

 セクシーだね、と好評だ。

 

 

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