柔らかい優しさは!私達から羽を奪うのです!
死ぬ前に考えることは何だろう。
もし今、死にぎわ、今際の際を彷徨っているとして、私が考えることはやはり昨日食べたチキン南蛮が硬かったことだ。
一度揚げたものの余ってしまったチキンを裸で冷蔵庫に入れて、翌日たっぷりと二度揚げしたのかと思うほど硬かった。
いや、もっとだ。鶏肉風味のスルメかと疑うほどだった。
なにせ噛み切れない。繊維に沿って裂き、奥歯で何度も噛み潰して何とか飲み込んだ。
なんであんなに硬い食べ物を提供して、平気な顔をしていられるのか。
私はスマートフォンを手に取り電話帳を開いたが、思いとどまってベッドに放った。
何か問題があるとすぐに誰かに頼ろうとする。今回は自力で解決してみよう。
何故チキン南蛮を頼んだのか。それは、『今日のランチ』がそれだったからだ。
何故チキン南蛮が『今日のランチ』だったのか。それはきっと、安いチキンが手に入ったか、チキンを優先的に売らなければいけなかったからだ。
何故そんなチキン南蛮を出さざるを得ないのか。それは、儲けを出すためだ。
何故儲けを出さなければいけないのか。それは、生活するため、店を続けるためだ。
何故店を続けるのか。それは。それは――。私のため。
「そうです」
天使がささやいた。
そうだ。硬いチキン南蛮を食べられるのもあの店があるからこそで、あの店が儲けているのは私が硬いチキン南蛮を食べているからだ。
いわば共生だ。アリとアブラムシのような。
明日、またあのお店に行こう。
硬いチキン南蛮を食べて言うんだ。
もっとかてぇ肉は無いんですか?安い肉は無いんですか?
なんならご飯の上に鶏肉のジャーキーでいい。
カッチカチのチキンを目の前にして、私は満面の笑みで両手のサムを突き出し、「これこれぇ。もっともっとぉ~」と陽気に肩を揺らすのだ。
それを見て、店員はにっこりと微笑み返す。それが私の理想郷だ。
ユートピアのチキンは、硬い。硬くなきゃ。
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