スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

誰かの役に立つことは書かれていません……

世にも奇妙な軽みと

f:id:tthatener:20190506182108p:plain

 
白い壁にもたれかかると、白が服に移った。
せっかくいい服を着てきたのに、最悪だ。
 
鞄からペットボトルとティッシュを取り出し、少し水で湿らせる。それをポンポンと服にあてて、様子を見る。
消えない。最悪だ。
ボトルを鞄に戻し、はぁ、とひとつため息をつく。
 
「どうしたぁ」
 突然、声を掛けられた。
 見ると、色黒で背の低い年配の男だった。元は真っ白だったであろう服は、今や見る影もなく黒ずんでいる。
 私は人差し指で白壁をすっとなぞり、男に突き出した。
「これです」
「カルミトだなぁ」
 男は間延びした声で言う。
 カルミト? 初めて耳にする言葉だ。もし違う場面で聞いたなら、何かの薬だろうかと思うかもしない。
 しかし、男は私の人差し指を見て言ったのだ。きっとこの現象のことを指しているに違いない。
 
「カルミト、ですか」
「不思議な話だよなぁ」
 男は、重力に則って下ろした私の指を見つめ、「不思議だよなぁ」と繰り返した。
 ピロリン、とスマートフォンの通知音が鳴る。
 私がチラリと鞄に視線を向けると、男は私に背を向け、のっそりとした歩調でその場を去った。
 
「カルミト」
 口に出してみる。やはり聞き覚えはない。通知音が鳴ったことを思い出し、スマートフォンを取り出して、検索画面でその四文字を打った。
 しかし、カタカナでもひらがなでも、それらしい検索結果は出ない。「壁 白くなる」で検索しなおした。
 すると、今度はあっさりと、「チョーキングという劣化現象なのだと教えてくれた。
 じゃあ、カルミトとは一体何なんだ。
 家に戻り、私はこうして「カルミト」の記事を書いた。
 
 ピロリン、とスマートフォンが鳴った。着信だ。
「なんで来なかったんだよ」
 たかあきからの非難の電話だ。
「カルミトだよ」
「はぁ?」たかあきは憤る。「なんだよそれ」

「不思議な話だよなぁ」

 男の顔が浮かんだ。なんだあいつ。

 

 

 

探しているんです。宜しければワンクリックずつお願いします。

1.人気ブログランキング

2.人気ブログランキング - にほんブログ村