世にも奇妙な軽みと
白い壁にもたれかかると、白が服に移った。
せっかくいい服を着てきたのに、最悪だ。
鞄からペットボトルとティッシュを取り出し、少し水で湿らせる。 それをポンポンと服にあてて、様子を見る。
消えない。最悪だ。
ボトルを鞄に戻し、はぁ、とひとつため息をつく。
「どうしたぁ」
突然、声を掛けられた。
見ると、色黒で背の低い年配の男だった。 元は真っ白だったであろう服は、今や見る影もなく黒ずんでいる。
私は人差し指で白壁をすっとなぞり、男に突き出した。
「これです」
「カルミトだなぁ」
男は間延びした声で言う。
カルミト? 初めて耳にする言葉だ。もし違う場面で聞いたなら、 何かの薬だろうかと思うかもしない。
しかし、男は私の人差し指を見て言ったのだ。 きっとこの現象のことを指しているに違いない。
「カルミト、ですか」
「不思議な話だよなぁ」
男は、重力に則って下ろした私の指を見つめ、「不思議だよなぁ」 と繰り返した。
ピロリン、とスマートフォンの通知音が鳴る。
私がチラリと鞄に視線を向けると、男は私に背を向け、 のっそりとした歩調でその場を去った。
「カルミト」
しかし、カタカナでもひらがなでも、 それらしい検索結果は出ない。「壁 白くなる」で検索しなおした。
すると、今度はあっさりと、「チョーキング」 という劣化現象なのだと教えてくれた。
じゃあ、カルミトとは一体何なんだ。
家に戻り、私はこうして「カルミト」の記事を書いた。
ピロリン、とスマートフォンが鳴った。着信だ。
「なんで来なかったんだよ」
たかあきからの非難の電話だ。
「カルミトだよ」
「はぁ?」たかあきは憤る。「なんだよそれ」
「不思議な話だよなぁ」
男の顔が浮かんだ。なんだあいつ。
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