スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

誰かの役に立つことは書かれていません……

トイレットペーパーのエントロピーが増大している

f:id:tthatener:20190403230346j:plain

トイレットペーパーを引き出すと、彼らは二枚に分かれていた。

 

トイレットペーパーはシングルでもダブルでもどちらでもいい、という人はあまりいないんじゃないだろうか。私は必ずダブルを選ぶ。

しかし決めていることはそれぐらいで、どこのメーカーじゃないとだめだとか、肌触りを気にしたりだとか、そこまでのこだわりは無い。

最近よく買うのが、ピンク色で香りがついている物で、ほのかに香る甘い匂いが気分を和らげる。

 

しかし今、私の目の前で一つの問題が起きている。

ダブルのペーパーが、まるで仲たがいでもしたように離れているのだ。

普段はティッシュペーパーのように、「私たちは一心同体よ」とばかりに顔を表す彼らが。

 

こりゃハズレを引いたかな、と思ったが、ふと気が付き、巻き取る手を止めた。

二枚の紙は、芯に沿って何重にも巻かれている。

そもそも、第一レーンを走る紙と、第二レーンを走る紙が同じ長さになるはずがないじゃないか。

そう考えると、外側のレーンを走る紙が離れてしまうことにも合点がいく。むしろそれが自然なのではないだろうか。

 

表の紙と裏の紙が幾分もずれずに、きれいにミシン目が続くこと自体がおかしい。

例えば割り算で一度もあまりが出ないような、美しくも不自然な事実を目にしたような、そんな気分になった。

 

やはり……考えたくはないが、私の頭は一つの可能性に突き当たる。

本来ならば乱れるべき部分を、「何かが」あるいは「だれかが」修正してしまっているのではないか。

例えば、この世界を見張っている「デバッカー」のような者がいるのでは……。

 

観察者にとって、被験体にそれを悟られるのはきっと眉をひそめるような事態だ。

私は何も気が付かなかったように、慌ててトイレットペーパーを引き出した。

しかし、手元に目をやり、私は絶句してしまった。

先程まであんなにも離れ離れになっていた二枚が、今や婚姻届けを提出する二人のように、ピタリと寄り添っているのだ。

 

手遅れだった。

気付かれてしまったのだ。気付いたことに。

私は大きく息を吸い込み、できる限りの力を込めて叫ぶ。

しかし、その声が目の前の空気を震わすことはなかった。叫んだ事実を知っているのは、懸命に動いた喉だけ。

それから頭の中で「ピロリン」と小気味のいい電子音が鳴って、脳内の一切の乱れが消えた。

 

今日もいい日だ。

私はつい、口笛を鳴らした。