スウィーテスト多忙な日々

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セミスタート

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あの本って、どうだったっけ。
と思い、女流作家の小説を本棚から引っぱり出してパラパラとページをめくっていた。
探している場面まで読み飛ばそうと思っていたが、気が付くと目はしっかりと文字を追っている。だけど二、三度読んだ本だけあって、スラスラと早いペースで読める。
なるほどなるほど。 


探し物のつもりがもはやただの読書になってしまったところで、本の隅っこに動くものを見つけた。
虫だ。
本の間にたまに挟まっている、砂粒ぐらいの小さな小さな虫。名前はなんだか忘れてしまったが、恐らくこれといった害はなかったはずだ。だからといって放っておくわけにもいかず、とりあえず殺した。とりあえず殺したが、「とりあえず殺すヤツ」とは言われたくない。


「ジジジジジジー
虫のことを考えていると、タイミング良くセミが鳴き出した。まるで「俺らのことも忘れんなよ」と言っているようだ。
今年に入ってセミの鳴き声を聞いたのは初めてだ。
しかしその考えは、頭の中で形になった瞬間に撃ち落とされた。思い返してみると、セミの声はちょうど昨晩に聞いたところだ。深夜に、試し弾きといった感じで一、二小節ほど鳴いたセミの声をはっきりと覚えている。恐らく、彼がこの近隣で今年最初のセミだ。今鳴いているのもその彼かもしれない。


耳を傾けてみる。どうやらセミは多く見積もっても三匹しか鳴いていないようだ。
 たった三匹じゃあ可哀想じゃないか。寂しさを覚え、私はセミに加勢することにした。
「み゛み゛み゛み゛み゛み゛み゛み゛み゛み゛み゛み゛」
 死力を尽くすつもりで鳴き叫ぶ。普段大声を出さないだけあって、一分も経たないうちに喉が飛んでしまった。声は意識せずとも濁って、少しずつセミに近づいていく気がする。
 ここは小さな集落だが、それでも一応人はいる。私の声につられてぽつぽつと人が集まってきた。遠く離れた背の高い家の三階から顔を出して、何事かと様子を探る人もいる。


 気を良くした私は一層大きく鳴く。すると一体どこに隠れていたのか、メスのセミがあちこちから飛んできて私を囲んだ。
 セミはさらに集まり、それを獲物とする鳥、それを撮影しようとする写真家、それを撮影しようとする地元メディア、何かよくわからないがとりあえず集まる野次馬、それを獲物にする屋台……すごい数が集まった。
 何かことわざの一つでも生まれそうな、不思議な熱狂だ。


そもそも、「ことわざ」というのはこの現代においても生まれるものなのだろうか。「これをことわざと認めます」と判断を下すような、決定権を持った人物や機関がどこかにあるのだろうか。
 そう考えるようになる頃には、私の声帯は限界を迎えていた。喉から出るのは鮮血だけになってしまった。
 カフカの「変身」という本は、男が虫になる話だと聞いた。読んだことはないが、こういうストーリーだろうか。

 

 

 

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