スウィーテスト多忙な日々

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PIECE達よ

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今週のお題「赤いもの」

 

 私はピスタチオが好きだ。


 鼻に触れる独特な青い香りと、とろけるような食感、甘さ。薄皮の渋み。
 好きになったきっかけは祖母で、その英才教育は私が小さな頃から始まっていた。
そもそものピスタチオ好きは、祖母だった。

 

 私はいわゆるおばあちゃん子で、学校終わりや休日の暇な日には近所に住む祖母の家によく遊びに行っていた。
 庭いじりを手伝ったり、料理を手伝ったり、あるいは何もしなかったり。
 必要以上に関与しないし強制しない祖母が私は好きだった。祖母に溺愛された記憶はないけれど、もしかするとそういう形の溺愛だったのかもしれないな、と今になって思う。


 祖母は居間でよくピスタチオを剥いていた。
 よく食べていた、ではなく、よく剥いていた。
 テレビを見ながらパキパキと殻を剥き、実と殻を左右に分ける。私は隣に座り、テレビを見ながらピスタチオを口に運ぶ。
 随分と私に利のある共同作業だったけれど、その時間が好きだった。
 食べられない分は家に持って帰ると、母がそれをいろいろな料理に変えてくれた。ピスタチオのパンやケーキ、ピスタチオのパスタ、ピスタチオのお豆腐。どれも美味しかった。
 私はピスタチオが好きで、祖母が好きだった。
 そんな祖母が、去年亡くなった。

 

 祖母はとても綺麗にこの世を去った。
 頑固老人になることなく、不健康になることなく、ボケることなく、ポックリと急性の疾患で亡くなった。
 四十九日も過ぎ、しばらくして祖母の家を片付けていると、古い収納箱の中からあるものを見つけた。
 有名な北海道土産のお菓子の缶。修学旅行で北海道に行った時に買ったものだ。蓋の部分に「おばあちゃんの分」と当時の私の字で書かれている。
 懐かしさを覚えながら蓋を開ける。中に収められたモノを見て、私は眉をひそめた。

 

 ピスタチオが入っていた。

 

 一瞬、衛生的な不快感を覚えたものの、見た目にはきれいな状態である。
 私は一つを取り出し、少しだけ開いている殻の隙間に爪を差し込む。ぐっと力を入れると、小気味よい音が鳴り、殻が開いた。
 中から出てきたのは、色のついた、半透明のビーズだった。

 

 時が止まる。
 どうして、と思ったのも束の間。幼少期の記憶が、私の奥底から勢いよく飛び出した。
 ああ、そうだ。そうだった。
 私は他のピスタチオを手に取って、同様に殻を剥いた。先ほどとは別の色のビーズが出てきた。
 パキパキパキ。殻が剥けるごとにあの日々の記憶が蘇る。殻の中には、様々な種類、色のビーズが入っていた。
 そのピスタチオは、子どもの頃の私自身と、祖母の仕業だった。


 友達の間でビーズアクセサリー作りが流行り、廃れた。行き場をなくしたビーズに居場所を与えたのはピスタチオだった。
 キラキラしたビーズをピスタチオの殻に収め、一辺を接着剤でとめる。
 それを私と祖母は大量に作って、アクセサリーのようにしたり、またパキリと割って遊んだりした。時にはそれを隠し持って、殻をむく前のピスタチオの中に紛れ込ませ、祖母を小さなドッキリに掛けたりもした。楽しかった。

 

 私は笑った。
 笑って、泣いた。

 

 いつか子どもが大きくなって反抗期になったりして、殻に閉じこもろうとしたら。
 その時はピスタチオの殻を勧めよう、と思った。