スウィーテスト多忙な日々

スウィーテスト多忙な日々

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そのたった数センチで

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友人に会った。
彼女とは学生時代に同じ学科だったのだけれど、当時の私は――あるいは彼女も――こうして休日に頻繁に会う仲になるとは思わなかった。グループが違ったので学生の頃はほとんど話をしたことがなくて、「同年代には興味ないわ」という少しクールな雰囲気を感じていた。
そんな彼女も私も随分前に大人と呼ばれる年齢になって、だけど未だに結婚もしていないので、お互いにとって恰好の暇潰し相手になっている。

「彼氏ができそうだ」
 ジョッキをぶつけて乾杯し、ビールを三分の一飲んでから、真剣な顔でミサコは言った。
「やっぱり?」
 目を見開いて私は返す。彼女の顔を見た瞬間から、いつもと何か違う雰囲気を感じていたのだ。以前より少し大人びたような、セクシーな。おや、おかしいぞ? と感じた自分の勘を褒めてやりたい。
 だけど、良い知らせを持ってきた当人はそのことに対して何か不満を持っているようだ。

「なんだかねぇ」ミサコは眉を八の字にして、自虐的な笑みを浮かべる。「五分五分だよあたしゃ」
「どうしたんだい御嬢さん」
「いや、それがね、何度か話したあの男。あいつがついに振り向いたのさ。キミも知っとろう?」
「ああ、キミが惚れて追っかけていたのに見向きもされなかったあの男かい?」
「そうさ」

 ミサコは鼻で笑った。
 私の知る限り、ミサコとその男の関係は二年近く前に始まり、関係といっても体の関係はなく、季節の変わり目に彼女の方から連絡をして酒を飲みに行く程度の仲だった。誘いを受けるくせに相手にされている気がしない、と何度も聞かされた。
 それが今になってどうして?

「これさ」
 尋ねると、ミサコは小鼻の脇を指さした。そこには小さな傷跡があったけれど、それが一瞬何のことなのかわからなくて、だけど次の一瞬で気がついて、私は目をかっ開いた。
「とったんか!」
「せや」
 ミサコは小鼻の脇にほくろがあった。大して目立つわけではないけれど、気が付かないほどでもない。何とも扱いづらいサイズのほくろがあった。
 少し驚いた。彼女が自分からその話をしたことはなかったので、気にしていないのかと思っていた。前に会った時のミサコを思い出す。うん、今の方がいい。

「ほくろを取った途端に振り向いてくれたのかい?」
 目を細めて、ミサコの顔をジッと観察しながら言った。
「これはジャブだった」ミサコは小鼻の脇に当てた指を、口元にスススと滑らせた。「これが決め手」
 彼女の口角、下唇の少し下に、除去したものと同じくらいのほくろがある。なるほど。一人で納得してしまった。私が感じたセクシーさも、どうやらこの口元から放たれているらしい。
「移動したの?」
 呆けた顔で聞いた。そんなわけは無いとわかっているけれど、元々そこには何もなかったはずだ。

「ペン。油性ペン」
 ミサコは口元をゴシゴシとこすり、ほくろを薄めてみせた。
 鼻のほくろをとってから、男と会う機会があったらしい。その時の男の反応が、いつもよりほんの少し良い気がした。だけど、ミサコの方は何か調子が狂っているような感じがあった。ミサコは、その不調がほくろにあることに気が付いていて、代わりとして唇の下に偽ぼくろを書いた。
 するとどうだろう。次に会った時に、男からあっさりと告白をされたのだ。

「あいつは、ほくろを嫌ってほくろに惚れたんだ」
 自分の発言に苦笑して、ミサコはビールを飲み干した。
「エビが陸で飛び跳ねる生き物だったら嫌だろ」

 と私が言うと、
「おめぇ、ぶっとばすぞ」
 ミサコは笑って、私の顎に掌底を打ち込んだ。
 エビでよかった。虫とかで例えていたら、危うくジョッキでぶん殴られるところだった。

 

 

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