僕と彼女のはなし
一緒のアパートに住み始めてから、まもなく二年目になる。
どうしても壁を感じることはあるけれど、それでも当然喧嘩などなく、穏やかに過ごしている。
僕は彼女を愛していて、それはいままでも、そしてこれからもきっと変わらないと思う。彼女も同じ気持ちだといい。
彼女は規則正しい生活を送る。彼女が23:30に部屋の電気を消すと、ベランダで吸っているタバコをもみ消して僕も寝床に入る。
寝相が悪いみたいで、彼女が壁に体をぶつける音で起きることもある。大丈夫かい、と優しく呟く。
彼女はアパートから四つ離れた駅近くの大きなビルで働いている。僕はその一つ手前の駅。いわゆるケータイショップだ。彼女と違って僕の方はシフト勤務なのだけれど、少しでも休みを合わせたいので毎週日曜日は休みにしてもらっている。
そのせいで上司に度々小言を言われることもあるけれど、僕にとって大事なのは仕事よりも彼女なのだ。
その日はクレームが立て続けに二件起きて、僕は昼食も取らずに対応に追われた。そんなことがあっても、彼女のことを考えると力が湧くのだから不思議だ。
なんとか対応も終わり、定時より少し遅れて帰宅した。
あらかじめ取り出していた鍵を鍵穴に差し込む。ふと目をやると、キッチン脇の高窓から光が漏れていた。彼女がもう帰宅しているのだ。
目線を落とすと、ドアが半開きになっている。どうやらスニーカーが挟まっているようだ。おっちょこちょいだなと可愛く思いつつも、防犯的に考えると心配にもなる。
そこでふと、少しのいたずら心が働いた。ノブに手を伸ばし、そうっと開く。玄関に鞄を置くと、忍び足で廊下を進む。彼女の顔を想像するとついニヤけてしまう。
気付かれないようにゆっくりリビングのドアを開くと、僕は大声で言った。
「ハッピーバレンタイン!」
当然今日はバレンタインなんかじゃない。ただただ驚かせたかっただけだ。ソファに腰掛けていた彼女は飛び上がるくらい驚いていた。
「どっ!?」
予想以上に驚く彼女。私はつい笑ってしまった。
「ど、ど、ど――」
エンジン音を奏でる彼女。なんて可愛いんだ。
「お、お、お、落ち着いて」
笑いを噛み殺して、彼女の言い方をまねる。
「どなたですか?」
「どなたですかって、なんだよぉ」僕はわざと怒った声を出した。「どなたですかって、僕だよ。隣の部屋の僕だよ、ほら」
初めて彼女の部屋に入った。とってもいい香りで、うっとりした。
初めて彼女と挨拶以外の会話を交わした。今日からはたくさん話せそうだ。